他方、早稲田大学、あるいは東京大学をはじめとする有力国立大学は、「早稲田は一匹狼。そういう伝統はあっていい」(福田秋秀・早稲田大学校友会代表幹事)という言葉に象徴されるように、「群れる」ことをよしとしないビジネス的には余計な価値観を持っていたり、人的ネットワークを充実させることに衒いを持っていたりしたために、OBネットワークの充実に手抜かりがあった。これは、一朝一夕に追いつくことのできない「経営的な」差だ。

 考えてみると、ビジネス界にあって、OBの結束が特に固い印象を受ける慶應大と一橋大は、共に実業を指向する傾向の強い学風だ。ビジネスにおける人的なネットワークの価値に対して、もともと意識的かつ前向きだったのだろう。

 相対比較するなら、指向する先が官業であったり、自分の能力的な優越性の誇示であったりする東京大学およびその卒業生は、OBの人的ネットワークの価値を作り損ねて来たと言える。ビジネス的には、巨大な機会損失だった。何と頭の悪いことだろうか!

社内の「学閥」はいかがなものか?

 人は、自分と共通点を持つ他人に対して、共通点のない相手に対してよりも親近感を持つ動物だ。民族、国籍、出身地、宗教、趣味など、共通点の持ち方は様々だが、先に見たようにビジネス的な実利につながる人的なネットワークが成立し、有効に機能するためには、個々のメンバーのポジションと能力、さらに集団の人数的規模の程良さなど(霞ヶ関における東大のようにシェアが大きすぎると有利なネットワークとして機能しない)、複数の条件がある。

 出身大学を起源とする「学閥」は、どの大学でも、どこででも、という訳ではないが、経済合理的な人的ネットワーク形成の一つになる場合があると考えられる。