退職を慰留する会社への交換条件は
「定年まで昇進させないこと」

 そんな状況をつくり出した人は他にもいる。中規模企業の営業マンであるMさん(40代男性)だ。彼は10年前に現在の会社に転職し、主要なエリアの営業をずっと担当している。

 そんな彼は、5年ほど前に転職を考えた。そしてそれが、「二流として安定できる状況」をつくる機会になったという。

「うちの企業は上からのノルマがきつく、僕の属する営業チームはいつも厳しいことを言われました。そしてそのたびに『お前がチーム長になればいい』と昇進をほのめかされたんです。ただ、僕はどうしてもこの会社でチーム長になるのは嫌でした。ワンマンな社長の言いなりにはなれなかったんです。そこで、5年前に退職願を出しました」(Mさん)

 退職願を出すと、企業はMさんを必死に引き止めた。それだけ重要な人物だったのだ。そこでMさんは、この会社に残るための条件を1つ出したという。それが「今後、昇進しないこと」。つまり、今の一営業マンとして退職まで身分を固定してもらうことだった。

「営業部門を統括するのは、仕事としてやり甲斐もあります。給料も別格です。でも、その人たちは毎日遅くまで仕事をして、土日出勤も珍しくない。昇進した結果、人が変わったように自分のポリシーを捨てる人をたくさん見ました。僕は母の介護もあるし、土日は大好きなサッカーがしたい。何より、エリアの一営業マンという立場が、自分のポリシーを保てて一番楽しいんです」(Mさん)

 営業チームのリーダーとなり、会社の重要部門を統括するのは、キャリアにおける「一流」への階段。しかし、彼はそこに魅力を感じなかった。営業として毎日外回りをすることが“やり甲斐”だった。

 もちろん、プライベートも重要だ。彼は毎週友人たちと試合を行うほどのサッカー好き。また、高齢な母の面倒を見るという責任感もある。この時間を犠牲にはできなかった。そこで彼は、会社の残留交渉を逆手に取り、「二流」として生きられる状況をつくり出したのだ。

 とはいえ、「会社にわがままを言った以上、一営業マンとして最後まで数字を出さなければなりません。それだけは自分に言い聞かせています」とMさん。これは、二流を選んだ人間だからこそ感じる責任なのかもしれない。