山田太一脚本のテレビドラマ『男たちの旅路』の主演俳優は鶴田浩二だった。そのロケが行われていたスタジオに現れた鶴田に、受付の人間が「どなたですか?」と尋ねた。

 激怒した鶴田は帰ってしまう。

 プロデューサーの近藤晋はドラマ担当部長の川口幹夫(のちのNHK会長)や山田と一緒に鶴田の行きつけの小料理屋まで謝りに行った。

「まあ、山田さんまで来たんだから仕方がない」と鶴田も折れたが、これには前段があった。

日常生活に別の光を当てる

 鶴田の歌う「傷だらけの人生」が公共放送で流すことが好ましくないと放送禁止にされたために鶴田は怒り、俺はNHKには絶対出ないと言っていたのである。それを承知で近藤は鶴田を訪ね、押し問答を重ねた末に、「一度、山田さんに会うか」と鶴田に言ってもらったという経緯があったのである。主役を鶴田にというのは山田の発案だった。

 特攻隊あがりのガードマン、吉岡晋太郎役の鶴田が若い部下の水谷豊や桃井かおりとぶつかりながら仕事をする『男たちの旅路』は、山田独特のディスカッションドラマの味で大ヒットする。

「ぼくは日常生活を描く人間だというふうによく言われるんですが、必ずしもそれだけじゃあないんです。その中に、ひとつフィクションを入れるんですね。そうすると、いままで普通の日常生活だと思っていたことに別の光が当てられて、あ、自分の日常というのはこうだったのか、俺はこの程度の人間だったのかということを知ることになる」

 山田は、あるインタビューで、こう語っている。この場合の「フィクション」というのは、案外ありそうで意外にないことから、現実にはまったくありえないことまでを含む。

 山本周五郎賞受賞作の『異人たちとの夏』(新潮文庫)のように、夭折した親たち(の幽霊)と逢うのは後者だし、『ふぞろいの林檎たちII』(新潮文庫)で、昼休みに会社に彼を訪ねた若い恋人がこう憤慨するのは、多分、前者である。

「男って勤めると変るねえ。もうがっかり。課長とかに、すっごく弱くて、いやらしいったらないの」