誰が舛添氏を都知事にしたのか?
“製造物責任”を問われる自民党

 また、このまま舛添知事が辞任した場合は、ではそもそも誰が舛添氏を知事に担ぎだしたのかという責任論も浮上する。

「3つ目の理由は、自民党は舛添さんを推薦して都知事にした、いわゆる“製造物責任”を問われたくないということ。14年の都知事選で舛添さんは無所属で立候補しましたが、自民党東京都連から推薦してもらって選挙戦を戦い、当選しました。自民党が支援するにあたって、舛添さんは党本部で自民党幹事長(当時)の石破茂さんと会談し、『本部としてもしっかり支援していく』という言葉ももらっています。ですから、舛添さんが辞任するとなると、自民党の責任を問われ、ダメージを受けてしまう。だから、舛添さんをかばいきれるうちは、辞めさせずに自民党の責任でしっかり教育しなおさなければならないということになるんです」

 さらには、スキャンダルまみれとなった舛添氏だが、自民党にとってはかえってその方が都合がいいという面もあるという。

「4つ目は、今の舛添さんなら言うことを何でも聞くので自民党にとって扱いやすいということ。現在、舛添さんは、あちこちで頭を下げて極めて謙虚です。この状態で彼が主導力を発揮するのは不可能。となると、都議会の与党である自民党、公明党の言うことを何でも聞かざるを得ず、コントロールしやすいわけです」

 以上、4つの理由から自民党都議団は、舛添下ろしには向かわず、様子見を決定した。猪瀬直樹・前東京都知事に徳洲会グループからの資金提供問題が持ち上がった際は、「百条委員会(国会の国政調査権に相当する地方自治法第100条に基づき設置される特別委員会のこと)」の設置が決定し、その直後、猪瀬知事は辞任を表明したが、舛添氏の場合は第三者の調査結果を待つこととなった。

「ただし、東京都議団の方は内田さんを中心に舛添さんを守ることでまとまっていますが、中央の自民党は舛添さんが大嫌いなんです。というのも、舛添さんは07年の参院選前後に自民党の参院執行部の人間でありながら、当時の安倍内閣の政権運営を厳しく批判していました。さらに09年の衆院選で自民党が歴史的な惨敗を喫して野党に転落、谷垣禎一さんが自民党の総裁に就任すると、舛添さんは執行部批判を繰り返し、その後、10年4月に離党し、新党改革を旗上げしました」

「自民党が下野して苦しいときに、後ろ足で砂をかけて出て行った舛添さんに対し、自民党の中央の人たちは批判的です。特に安倍首相や谷垣幹事長は、舛添氏だけは許さないと思っています。ただ、東京都知事の処遇については東京都議団の意向が優先されますので、自民党の中央が都議団の頭越しに舛添さんを辞めさせることはできません」

 だが、政治の世界は一寸先は闇である。自民党都議団が決定したのは、あくまで当面の「様子見」ということに過ぎない。

「このまま任期満了まで舛添さんが都知事でいられることが約束されたわけではありません。まず、大きいのはマスコミの攻勢です。特にテレビは、ドケチエピソードをあげつらうなど舛添さんの人格攻撃をすると、単純に視聴率が取れてしまうから、何度でも繰り返します。たとえば5月27日などは、G7伊勢志摩サミットの議長声明を安倍首相が発表しているにもかかわらず、いくつかのテレビ局では同じ時間に行われていた舛添さんの会見を中継するありさまでした。それに加えて、ツイッターなどのSNSでも舛添さんは格好のネタになっています。こうした状況が続くと、自民党としても舛添さんをかばい切れません」

 しかも、当面のマスコミ攻勢をしのげば舛添氏の都知事の椅子が安泰というわけでもない。来年には、また大きな山がやってくるという。

「仮に一旦は事態が沈静化していったとしても、来年には都議会議員選挙が実施されます。この時に舛添さんの問題を野党に攻められ、自民党が選挙で不利になるということであれば、改めて舛添さんをどうするか考えざるを得なくなるかもしれません」