橘玲の世界投資見聞録 2016年6月9日

G7サミットに象徴される帝国主義時代と
たいして変わっていない統治の仕組み
[橘玲の世界投資見聞録]

欧米諸国の「人道的な植民地管理」という発想

 イギリス帝国はインドを病理化したうえで、最初は功利主義的社会改良によって「治癒」しようとし、インド大反乱によって自分たちの“善意”が裏切られてからは、病理を「無秩序」に変えたうえで、性急な西洋化の強要はかえって逆効果だとして、間接統治の名のもとにインド社会を分裂させ「中世」に戻そうと試みた。こうした構図は、アフリカにおいても繰り返されることになる。

 1833年に奴隷制を廃止して以降、イギリス帝国のアフリカへの「人道的介入」は植民者やムスリムの奴隷商人などから原住民を「保護」することが目的とされた。これが、奴隷制廃絶を求めるイギリス帝国の「人権外交」だ。

 奴隷解放運動の歴史で画期となったのは、1900年代初頭に、ベルギー国王レオポルド2世の私領だったコンゴ自由国で虐待や強制労働が常態化していることがイギリス人ジャーナリストらによって暴かれたことだった。アフリカの残酷な実態を知ったヨーロッパの世論は沸騰し、「国際組織による人道的な植民地管理」という発想が生まれる。ヨーロッパ各国による独善的な植民地統治は最良の処方箋ではなく、「劣等人種を教育する義務を文明国に課す真の国際委員会」による管理を目指すべきだとの構想で、これが第一次世界大戦後、アメリカ大統領ウッドロー・ウィルソンの「民族自決」(実際には、「文明国」による慈善的な指導のもと漸進的過程を通じて自治を獲得すること)の原理(ウィルソン主義)につながっていく。

 より興味深いのは、コンゴ自由国事件のあとに、「アフリカはヨーロッパの脅威に直面しているのであり、アフリカ人がアフリカ独自の線に沿って発展しなければならない」というパターナリスティックな間接統治の主張が登場したことだ。

 この新しい考え方は、ブール人(オランダ系移民。ボーア人ともいう)の指揮官として南アフリカ戦争を戦ったのち、イギリス帝国との協調を選んで南アフリカ連邦の首相となったヤン・スマッツの次のような発言に顕著に現われている。

 「イギリス帝国は、人々を共通の類型に押し込めることを支持しません。帝国の人民は、それぞれの道筋に沿って自由に発展すべきものであるという考え方を支持します。この原理は帝国のヨーロッパ人だけでなく、アジア人やアフリカ人にも適用されます」

 ここでスマッツがなにをいおうとしたのかは、次の発言によって明らかだ。

 「白人の文明に適用すべき政治的理念は、ネイティブの統治には大抵適用すべきではないとわれわれは気が付きました。同じ制度を白人と黒人に等しく適用することは、最良の結果にはつながらないのです。南アフリカでは実践が進み、(黒人と白人を分離した)二重の制度がつくられました。そのなかで、ネイティブには、白人用の制度と並行する彼ら独自の別の諸制度を与えたのです」

 前回の記事で、マイノリティ共同体の文化・伝統や「差異の権利」に配慮する「新しい人種主義」の台頭について述べたが、実はそれは南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)を正当化する論理としてすでに使われていた。そしてそれは、イギリスの植民地省が「間接統治」と呼んだ支配形式を理想的なかたちにしたものだった。

[参考記事]
●かくして「新しいリベラル」と「新右翼(新しい人種主義)」は同類となった
 

開発トラスティーシップは、19世紀の植民地統治への先祖がえり

 第二次世界大戦が終わると列強の植民地が次々と独立を果たし、帝国主義と植民地主義は過去の遺物として全否定されることになる。こうして新たに「開発トラスティーシップ」の概念が登場するのだが、そこで重要な役割を果たしたのが植民地における貧困の発見だった。

 間接統治は「植民地のひとびとは自足的伝統的共同体」で暮らしているとの幻想を本国に振りまき、「植民地ではわれわれ(西洋人)より自然で健康的な食べ物を摂取して生活している」のと虚構がつくられていった。だが戦後のさまざまな調査や報道が、アフリカをはじめとする旧植民地でひとびとが慢性的な栄養失調、不十分な教育や医療、不衛生など深刻な貧困に苦しんでいる実態を白日の下にさらした。

 貧困の発見によって、先進諸国(旧宗主国)が「歴史の負の遺産」である旧植民地に巨額の資本を注入し、技術や知識を利用した開発計画を策定・実施することの重要性が強調されるようになる。それによって農業、産業、教育、その他の社会サービスが提供され、経済も発展するとされたのだ。

 だが米ソの冷戦構造のもと、各国がこぞって旧植民地国に開発援助を行なったが目立った成果はあげられないばかりか、貧困はさらに深刻化していった。その理由として、開発援助の拡大が途上国の援助に対する依存度を高め、利権の争奪によって現地社会の制度が破壊されるなどさまざまな弊害が指摘されたものの、それだけではいくら援助しても経済発展できない理由を説明することができず、80年代になると、問題は開発援助を受ける側のガバナンス(統治)にあるとの主張がちからを増すようになる。

 従来の開発トラスティーシップは、植民地主義への反省から、被援助国の政治や制度への介入には消極的だった。だが「良き統治」という新たな処方箋により、援助と引き換えに民主化や多党制の選挙、説明責任、透明性、法の支配などが条件とされるようになっていく。これによって援助国(強者)と被援助国(弱者)の非対称な関係はより際立ち、パターナリスティックな「植民地トラスティーシップ」に近いものになったと石川氏は指摘する。

 先に述べたように、イギリス帝国による当初の植民地統治は、啓蒙主義(功利主義)的リベラリズムに立ち、西欧の諸制度を「野蛮」な植民地に移植することで原住民を「文明化」することだった。それが宗主国に対する反乱を招いたことで「間接統治」の理論が登場するのだが、近年の開発トラスティーシップにおける「良き統治」は欧米の民主的諸制度を途上国に導入することを求めるのだから、19世紀的な植民地統治(人道主義)への先祖がえりともいえる。

 「良き統治(制度改革)」の開発トラスティーシップに加え、冷戦後の1990年代以降、カンボジア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ルワンダなどの人道危機に対し、紛争が抑制なく勃発している破綻国家では、選挙支援などの統治改革では「人間の安全保障」が実現できないとして、国連やEUなどが平和構築の主体となるよう要求されるようになった。これが「平和構築トラスティーシップ」で、国家が自国民の生命維持の基準を守れないならば、「保護する責任」によって、国際社会による主権への介入が正当化されるのだ。

 目の前で罪なきひとびとが殺されていくとき、「主権」の壁の前で手をこまねいていていいのかとの批判にはじゅうぶんな根拠がある。だがここで登場する「保護する責任」が、植民地時代に唱えられた「白人の責務」や「文明国の義務」と瓜二つであることも否定できない。

 アジアの経済発展という大きな変化はあったものの、現代世界においても、欧米を中心とする先進諸国と、貧困と無秩序に苦しむアフリカや中東諸国の二極化の構図は変わらない。国際社会に顕著なヒエラルキーがあれば、そこからトラスティーシップが生まれ、人道主義が主権への介入を正当化する。18世紀から21世紀にかけて「トラスティーシップ」と「人道主義」の同じイデオロギーが通底しているのだから、G7サミットの記念写真が帝国主義・植民地主義の時代を髣髴とさせるのも偶然ではないのだろう。

 だがこれは、人道主義が欺瞞だとか、開発援助や平和維持活動が「新しい植民地主義」だということではない。

 人道主義は容易に独裁や抑圧の正当化につながり、トラスティーシップは介入される側の抑圧をともなう。「良い人道主義」と「悪い人道主義」の単純な二分法は抑圧される側の反発を招くだけだが、これらを全否定しても問題はなにひとつ解決しない。石川氏が示唆するように、わたしたちはこの「悪」を受け入れつつ、目の前の課題をひとつずつ解決していくことしかできないのだろう。

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。最新刊『「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』(集英社)が発売中。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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