『週刊ダイヤモンド』の8月6日号の第1特集は「どう生きますか 逝きますか 死生学のススメ」。自分なりの死と生についての考え「死生観」を問いかけます。

 エープリルフールの2016年4月1日。西口洋平(37歳)はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のフェイスブック上で、最も進行した「ステージ4」の胆管がんであることを公表した。重たくならないようにこの日を選び、明るく軽快な文章でつづった。

 さかのぼること約1年前の15年2月。医者から「悪性腫瘍です」と告知された。何やら聞き慣れない言葉だった。

「悪性腫瘍って何ですか?」と尋ねると、「がん」だと。この2文字を聞いた瞬間に、遠い遠い数十年後にあると思っていた「死」が、急に目の前にやって来たように感じた。

 告知を受けた後、まず実家の母に電話をかけた。状況を説明しているうちに、ショックで固まっていた感情が溢れて、涙が止まらなかった。

 すぐに手術が行われて開腹したが、転移が見つかり、腫瘍を切除しないまま閉じられた。最も進行した「ステージ4」。5年後の生存率はほんの数パーセントだ。

「何で自分が」と思わずにはいられなかった。

 まだ小さなベンチャーだった求人サービス会社のエン・ジャパンに新卒で入社して、それはもう昼夜問わず働きまくった。妻と娘のいる家庭も持った。犯罪などとは縁がないし、それなりに真面目に生きてきた。まさか夜中の焼き肉が悪かったとでもいうのか。

 この1年、抗がん剤がうまく合っていたのか、医者に「奇跡」と言われるほどに元気でいられた。まるで告知前の日常に戻っていくかのよう。

 ところが、併用して投与されていた二つの抗がん剤のうち、一つにアレルギー反応が出てしまい、使えなくなった。

 まだ若いし、体力もある。積極的な治療ができないものか。5月にセカンドオピニオンでがん専門病院を受診したが、やはり手術は難しいと言われた。

 先は長くないかもしれない──。だとしたら、自分は何を最後の仕事にしたいのだろうか。

 それまでの西口のスタイルは、仕事はいいことばかりじゃなくてつらいことが多いもので、みんながやりたくないことを俺が引き受けるというモーレツ型だった。でも残された時間、自分がやらなくてもできることは、もうやらなくていいだろう。

 がんになって会社を2カ月半休んで、分かったことがある。自分がいなくても組織は回る。仕事は回る。だったら今の自分だからこそできること、やりたいことに集中しよう。

 6月末、転籍していたグループ会社を退職した。4月に立ち上げた子どもを持つがん患者をサポートするウェブサービス「キャンサーペアレンツ」に本腰を入れるためである。

 キャンサーペアレンツは、今の自分が使命としてやりたいことだ。がん患者になって強く感じたのが、子どもや家族がいるのに死ぬかもしれないという同じ境遇の人が周りにはいなかったことだ。それに孤独を感じた。

 職場で不利に働く懸念もあるのだろう、特に働き盛りの男性はがんにかかったことを公にしたがらないことが多い。彼らはさぞストレスがたまっているだろう。

 互いにつながったら、家族や仕事のいろんな悩みを相談し合える。そのためのコミュニティーネットワークをつくり、ビジネスにも活用したいと考えた。

 事業から利益を出せれば、ネットワークに継続性が持たせられる。仕事を提供できる場になれば、なおいい。

 一方で、エン・ジャパンでも採用部門のパートタイム社員として働くことになった。今の若手にいろいろ伝えるのも、草創期からのスタッフである自分だからやれることだ。

 キャリアコンサルタントとして転職希望者の相談を受けていたとき、「やりたいことが見つからないから中途半端に仕事をするのではなく、何かのきっかけでチャンスをつかめるように、目の前の仕事を必死でやること」。そう促してきた。チャンスは必死にやる者のところに訪れると。

 病気はつらい。でも、それがきっかけになって、やりたい仕事が生まれた。ネガティブなことが目の前で起こっても、それは変わるためのチャンスになる。体と家族との時間を大事にしながら、新たな仕事に必死になろう。

 キャリアコンサルタントの仕事には区切りをつけたが、伝えたいことはまた増えた。

仕事を通じて生きた証しを残したい

 小学生の一人娘は、「死ぬ」ということがまだよく分かっていないようだ。一緒に風呂に入っているときに「父ちゃんがいなくなったらどうする?」と聞いてみたら、「地図を描くよ」と。

「どこの地図を描くの?」と返したら、「おうちから近くの駅までの地図」と言う。「だって、父ちゃん道に迷っちゃうんでしょう?」。

 仕事を通じて、自分が生きた証しを残したかった。娘が成長したとき、「お父さんってこんな人だったんだ」と分かるように。「お父さんはこんなふうに考えたのか、だったら私はこうしよう」と、娘の前からいなくなっても、何か影響を与えられるような存在でありたいと願う。

1万人に「死生観」調査 「死について考えたことある」65%

 『週刊ダイヤモンド』の8月6日号の第1特集は「どう生きますか 逝きますか 死生学のススメ」です。

 ちょっと重いテーマですが、とっても大切なこと。現代日本人は死についてどう考えているのでしょう。

 特集では全国約1万人にアンケート調査を実施。「自分の死について考えたことがあるか」と尋ねると、64.9%の人が「ある」と応えました。

 死について考えたのであれば、自分なりの死と生についての考え「死生観」がありそうですが、「死生観あり」と答えた人はわずか9.5%でした。

 親の介護・看取り、墓・葬式選び、自分の終末期……。人生のさまざまなステージで私たちは「死」とどう向き合えばいいのでしょうか。「人生観」ではなく「死生観」を持つことは、ビジネスマンの働き方にとってどんな意味を持つのでしょうか。

 終活本だけでは分からない死への心構えから、テクニック本では学べない仕事への向き合い方まで、たっぷり詰まった死生学入門をお届けします。