ベストセラー『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』の著者・西内 啓氏が、ついに待望の新刊『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』を発表。ダイヤモンド・オンラインでは、この『ビジネス編』の一部を特別に無料公開。ビジネスパーソンに必要な「統計力」の磨き方について、ヒントをお伝えします。

【新刊無料公開】<br />『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』第2章 人事のための統計学(3)人事における解析単位は基本的に人間、つまり従業員あるいはその候補者ということになる

 それでは実際に、「どのような人にどのように働いてもらうか」という観点での分析のやり方を見ていこう。基本的な流れは第1章で経営戦略を考えた場合と同様、次のようなものになる。

 1.分析対象の設定
 2.変数のアイディア出し
 3.必要なデータの収集
 4.得られたデータの分析
 5.分析結果の解釈

 ということで、ここでもまず分析対象の設定方法について考えていこう。

数十人いたら分析ができる

 人事における解析単位は基本的に人間、つまり従業員あるいはその候補者ということになる。つまり「自社を儲けさせてくれる人とそうでない人の違いはどこにあるか」という観点で分析を行なうのだ。

 ここで、経営戦略のところでも少し触れたように解析単位は最低数十、できれば数百程度は欲しいところである。極端な話、AさんとBさんのたった2人しかいない従業員について、どれだけ詳細なデータがあろうが「収益をあげてくれる人とそうでない人の違いは何か」というような統計解析は成立しない。

 この2名のうち仮にAさんがあげた利益が高かったとして、AさんとBさんの違いは無数にある。年齢も違う、受けた教育も違う、採用された経緯も顧客へのアプローチ方法も違う。このうちいったい何が両者の利益額を分けたのか、統計学ではどうやっても判断がつかない。

 しかしながら、これが数十人いたらどうか。「大きな利益をあげている人はほぼ全員なぜか共通して同じ特徴を持っている」ということがわかる。そしてこの「ほぼ全員」という程度が、偶然のバラツキ方で「たまたま共通している」と考えても問題ないような程度のものか、偶然とは考えにくい程度のものなのか、という判断ができるのである。

 だが一方で、「まったく異なる職種の人を一緒くたに分析する」というのは下策である。状況適合理論という考え方に基づけば、営業マンとエンジニアを混在させて分析しても一般認知能力が高いと良い程度の、当たり前の結果しか得られないかもしれない。そうすると、同じような環境で同じような仕事に携わる人間を数十名以上(できれば数百名以上)、という範囲で分析ができるのかどうかというところを考える必要がある。

 全国に店舗や事業所を展開する大企業であれば、ほとんどの職種でこの条件が問題にならないのかもしれないが、仮にそうでない企業においても「社内で比較的人手のいる職種」であれば分析が可能である。

 具体的には、中堅以上の企業の多くは営業、販売/サービス(コールセンターなども含む)などの職種について、最低でも数十名以上のスタッフを抱えている。また、IT企業であれば受託開発のような形であれ、自前のサービス/プロダクトを提供する形であれ、数十名以上のプログラマー/エンジニアを抱えているところも少なくないだろう。このほか、バックオフィスに経理処理のための人員を数十名以上抱えている、という企業もあるかもしれない。あるいは、技術を大事にする会社であれば、新製品の開発や基礎技術の研究のために、数十名以上のエンジニアやリサーチャーを雇っている会社もあるかもしれない。

解析単位の広げ方、分割の仕方

 また、自社だけでは人数が数十人に満たない場合も、あるいは十分満たしている場合についても、経営戦略のところで他社の経営資源を採点したのと同様に、他社の社員が持つ特性について第三者に評点をつけさせる、というやり方が考えられる。

 さすがに他者の経理スタッフの生産性について推し量ることはできないが、営業マンのようにお互い顔を合わせることもある職種であれば「○○さんは切れ者ですごい数字をあげている」「××さんは会社でお荷物扱いされている」といった情報も知られているかもしれない。このように同じ職種を務める自社と他社の従業員を解析対象とし、「同業界で働く同職種の人員の中で、収益性が高い人とそうでない人の違いはどこにあるか」を分析するのである。

 なお言うまでもないが、この場合のデータは社内の人材であっても「第三者からの評価」という同じ形式のデータを揃え、個人的な感情などが入り込まないように複数名の評点の平均値を分析に用いるべきであろう。

 これは少しややこしい話なので詳しくは章末のコラムに回すが、自社内の人員のデータだけで分析してしまうとデータの「打ち切り」や「切断」という現象が問題になることがある。

 たとえば大企業であれば慣例的にSPIの能力検査で高得点者ばかりを採用しているかもしれない。そうすると社内のデータだけでは「SPIが低くて採用されなかった人」の情報が存在しない。そのため、日本人全体のデータを使えばSPIの得点の高低によって業績が説明されたとしても、社内のデータだけでは「特に関連は見られなかった」という結果になることもある。

 自社内の客観的かつ正確なデータだけで分析することも大事だが、多少データの客観性が下がったとしても、一度くらいは他社まで範囲を広げた分析にチャレンジする価値はあるのだ。

 逆に同じ職種の人間が数百人どころか数千人も数万人もいる、という大企業であれば、その中をより等質性が高い集団に分けて分析してみてもいいだろう。たとえば同じ営業マンでも法人営業なのか小売店のバイヤー向けの営業なのか、ということでは異なる特性が必要とされるかもしれないのである。

 だが、そもそも論として考えなければいけないのは、分析対象とする解析単位の範囲を広げるのか分割するのかという以前に、その職種の生産性のバラツキが、社内でどれほどの価値に繋がっているのか、という視点である。

 たとえばサービスの解約件数が多く、コールセンターにかかってくる苦情をほんの数%ほどでも丸く収めて解約を未然に防止できた場合に、年間数億円もの損失が免れるのだとしよう。あなたの会社は当然コールセンターの端末などにも最新のシステムを入れているし、スタッフの研修にも手を抜かない。だがそれでも「どのスタッフが電話を取ったかどうかで顧客の解約率が大きく違う」という状況であれば、これは間違いなくその秘密を明らかにするために、コールセンタースタッフの特性を分析するべきである。

 しかしながら、同じように問題の程度が大きかったとして「どのスタッフが電話を取っても解約率はほぼ同じ」ということであれば、分析しても大したことは見つからない。また当然のことながら、「コールセンターの苦情をうまくさばけてもそうでなくても、年間で大した売上にもコスト削減にも繋がらない」というような事業であったとすれば、これも最初から分析すべき価値はないのである。

 以上のような考え方をもとに、社内の収益を大きく左右する職種について、社内の従業員全員か、あるいは社内の従業員の中でも何らかの性質に基づいて分割したサブグループに対してか、あるいは競合他社の従業員も含めた形で分析してみよう。

 これらの範囲の区切り方はどれが特によい、というものではなく、可能であれば並行して複数の範囲で分析してみるとよいだろう。きっとそれぞれから、異なる発見が得られるはずである。