自宅に引きこもる30代男性は
なぜ父親を刺殺してしまったか

引きこもる息子が刺殺した父に“押し付けられていた絆”とは家族の絆を欲していたはずの30代男性は、なぜ父親の胸に包丁を突き立てたのか。弁護人との会話から、その心模様を浮き彫りにする

 引きこもり当事者だった30代の男性が、60代の父親を包丁で刺して死なせてしまい、殺人罪で起訴されている事件の裁判を傍聴した。事件は、昨年12月30日未明、横浜市の自宅で発生した。翌日の新聞は、こう小さく報じている。

<30日午前1時20分頃、マンションの一室から「父親を刺した」と110番通報があった。駆けつけた警察署員らがリビングで胸から血を流して倒れている男性を発見、男性は搬送先の病院で死亡が確認された。警察は、通報した自称作業員の男(32)を殺人未遂容疑で逮捕した>

 第一報でもあり、おそらく警察発表をそのまま報じた内容なのだろう。しかし、事件に至った背景や実態は、この記事から伝わる印象とは大きく異なる。

 被告人となったAさん(現在33歳)は、両親と兄の4人家族。事件の起きる1ヵ月ほど前、当時通っていた自助グループの友人の勧めで『体験談1983―2015』を書き綴っていた。

 自分の人生を振り返り、A4用紙で13枚に及ぶ体験談。もともと支援者に配布されたものだが、縁あってAさんの意向により、事件後、筆者の元にも届けられていた。

 体験談には、長い不登校と引きこもり期間を経て、家族との関係のことや、出会いをきっかけに様々な人に支えられながら自立を目指していた様子などが記されている。ちなみに、支援者の紹介で就労支援事業の作業所を利用したことはあるものの、ニュースで報じられた「自称作業員」という表現は、この作業所のことと混同したと思われ、正確ではない。

 体験談の書き出しは、こう始まる。

<1993年10歳 いつだって僕は誰にも心を閉ざしていた。小学校5年生で学校に行けなくなった時から、いつだってそうだった。僕の中を支配していた、自意識と言う名の迷宮から抜け出すまでは。>