我々はずいぶん長く日本の低金利政策の中で生きているが、程度の差こそあれ、世界的にも同様の傾向にあった。はたして、このトレンドは断絶するのだろうか。世界一のコンサルティング・ファーム、マッキンゼー・アンド・カンパニーの経営および世界経済の研究所所属メンバーが発表する刺激的な超長期トレンド予測が詰まった書籍『マッキンゼーが予測する未来――近未来のビジネスは、4つの力に支配されている』のさまざまな分析テーマを抜粋して掲載する。今回は長期金利、資本コストを論じる第7章の第1回。

資本コストは
踊り場にさしかかっている

 現在の経済環境で資本コストがもっと高くなるぞと警告しても、モンスーンシーズンの豪雨の中で干ばつの警告を発するようなものだ。金融機関の融資窓口をちょっとのぞいてみれば、金利動向にさしたる問題はないとの答えが返ってくるだろう。私たちの持つ直観にも、そうした期待が織り込まれている。

 30年間下がり続けてきた金利のせいで、資本コストは現在も安く、今後もそうだろうとの期待が生まれた。つまり、部分的には借り入れ能力に後押しされて決まってくる。

 資産価格は、短期的には変動するものの、長期的には上がり続けるはずだ、と私たちのほとんどが信じている。

 実際、アメリカの住宅価格は1968年から2008年の40年間、一度も下がることなく年平均6.4%の上昇を続けてきた。

 ブラジルの人口最大の二つの都市、サンパウロとリオデジャネイロでは、2008年以降、住宅価格は倍以上に上がった。ロンドンの住宅価格も過去30年間、10年ごとに倍増してきた。

 1980年から2013年の間に、実質住宅価格はスウェーデンで55%、フランスで85%、カナダでは130%上昇した。

 弱含みの資本需要(何十年も続いたインフラストラクチャーへの低い投資比率)によると豊かな資本供給(数年続いてきた慣例には従わないマイナス金利などの金融政策による)の組み合わせにより、資本コストはかつてない低水準となってきているが、この展開が資産価格の上昇を下支えしてきた。

 しかし、大きな変化が進行している。そしてその変化によって、私たちの持つ資本コストおよび資産価格の将来に関する期待、また私たちが常識と考えていることに基づいた直観は、見直しを迫られている。これまでのトレンドが続かず、変曲点に到達していることは明白なのだが、あいにくどちらの方向に変わるのかは明確とは言えない。

 この変化は、伝統的な需給関係により決定されるのだろうか。だとすると、金利は上昇するはずだ。それとも、2008年の金融危機のときのように、人為的に金利を押し下げた状況を継続させるという、かつてなかったような中央銀行の行動によって決まるのだろうか?

 かつて私たちが経験してきたのは、金利と資産価格の先行きが確実な時代である。金利については、水準(低い)と方向(低下)の両面であり、資産価格についても、水準(高い)と方向(さらに上昇)の両面が常態化していた。

 ハーバード大学の経済学教授、マーティン・フェルドシュタインが語るように、このトレンドは変わろうとしている。「長期金利は、もうこれ以上支えきれないほどの低水準にあり、その意味は、債券やその他の証券価格のバブルが存在しているということなのです。確実に起こることなのだが、金利が上昇すればこのバブルははじけ、そうした証券の価格は低下し、証券を保有している人は誰であろうと損をすることになるのです」

 新興国が工業化と都市化を推し進めるのに伴い、投資ニーズは上がってきている。クマーシからムンバイ、ポルト・アレグレからクアラルンプールにいたるまで、資本集約的な建設プロジェクトがどこでも計画されている。

 新興国のそれぞれがインフラストラクチャーに投資すれば、新たな生産能力、機器、および革新的な技術に乗り換えるために投資しようとする企業が増加し、そのことにより資金需要は増幅される。こうした資金需要が、世界の人口の高齢化と、長期化する政府赤字の状況と同時並行して起こっており、それが需要の高まりをきっかけに、世界の総貯蓄額を減らす圧力となるだろう。

 マクロ経済学のファンダメンタルズに基づく伝統的な見方によれば、需要の上昇と供給を減らす圧力という組み合わせの行き着く結果は、一つしかない。それが、これまでよりも入手困難で、高価な資本の時代の到来である。

 しかしながら、近年実施されてきた、これまでの慣行には従わない金融政策の実施によって、私たちは未知の領域に導かれてしまい、これまでとは異なる、理解しがたい世界の基礎を築き始めてしまったのかもしれない。その世界とは、中央銀行と政府が、経済の成長と低金利を維持できるよういつでも介入し、十分な流動性を経済界に注入してくれるという世界である。

 もちろん各国政府は、低金利がもたらしてくれる利益を享受する主要メンバーの一つであった。だがこれは脆弱な均衡の世界であり、マネーサプライの積極的な拡大期の後には、資産バブル、インフレ懸念、通貨のブームと崩壊、といった危機が到来する危険性をはらんでいる。しかも、この新たな領域に試しに踏み込んでみよう、という国の数が増えてきているのだ。

 事実、かつてタブーとされた拡大的金融政策と政府負債の貨幣化ということが、中央銀行の普通の演目となる新しい世界への移行途中に、私たちはさしかかっているのかもしれない。この未来図が実現するとすれば、私たちが今日知っている資本市場は、まったく懸け離れたものに変わってしまう可能性があり、そうなれば、さらに新たな問題の数々を私たちに突きつけてくることになるだろう。

想定されるシナリオは2つ。次回更新(2月1日予定)で掲載予定。