経営者の最大の仕事とも言われる後継者育成。自身も「難儀した」と語る吉野家ホールディングスの安部修仁会長に、後継者選びで重要なポイントと、河村泰貴社長を後継者に選んだ理由を語ってもらった。(構成/フリージャーナリスト 室谷明津子)

リーダー育成は
「場を与える」ことから

 後継者を選び、育成するというのは本当に難しい。私はかなり早い段階から「リーダー育成」を経営課題としていたので、それなりに意識が高いほうだったと思いますが、それでも難儀しました。いや、振り返るとむしろ間違いが多かったと言ってもいい。一筋縄ではいかないテーマですが、私の経験をお話ししたいと思います。

吉野家の後継者に河村社長を選んだ理由管理能力が高い人材が経営者に向いているかといえば、決してそうではない。河村泰貴社長が持っていた、経営者に欠かせない能力とは? 写真:東洋経済/アフロ

 私は1992年に吉野家の社長に就任しました。倒産後の債務を全額返済してから5年経っていて、ヒト・モノ・カネが割と潤沢な時期。吉野家単体で300店舗を超える規模でしたが、まだまだ伸ばせる余地があると思っていました。

 同時に、創業者がつくり出し、倒産時に失いかけた「うまい、やすい、はやい」というバリューを磨き、次世代に残していくには、人材の層を厚くする必要があると考えました。

 そこで、95年からの10ヵ年計画には、新規事業やM&Aを積極的に盛り込みました。目的は、リーダー育成のための場を作ること。人を育てる手段として、私は一貫して「場を提供する」方法を採ってきました。経営計画をつくるときも、あえて吉野家以外の事業を増やし、そのトップにリーダー候補を派遣してマネジメント全般の力を養わせようとしたのです。

 その後、2007年に会社をホールディングス体制にしたときも、経営の新陳代謝という課題がまず頭にありました。幹部候補にそれぞれの事業会社を任せ、経営トップとしてのかじ取りを経験させる。そうやって常に、事業を成長させる計画と、幹部候補やリーダー育成のためのポジション確保を、パラレルなものとして意識してきました。

 なぜなら、経験に勝る教育はないからです。自分で課題を設定し、小さな失敗を重ねながら方法を見つけ、ゴールにたどり着く。そのときの達成感から、再び新たな課題を設定し、挑戦する。そうやってPDCAサイクルを回しながらステップを踏み、ノウハウを蓄積していくことで、人は少しずつ育っていく。

 評価者にとっても、リーダーに適しているかどうかは、場を提供して結果を見ないと、わかりません。高度成長期の日本にチェーンストア経営を持ち込んだカリスマ講師・ペガサスクラブの渥美俊一先生ですら、「社長の適性だけは、やらせてみないとわからない」とおっしゃっていました。ペーパーテストや面接では、リーダーの適性は測れないのです。