(2006年6月、鄭州)

 沙総経理の夕食の誘いを断って鄭州のホテルに戻り、シャワーを浴びて埃を落とした幸一と岩本会長は、約束の時間にロビーへと降りた。

 お詫びに食事をと言い張った彼女は、すでにソファに座って待っていた。すぐ近くのホテルに泊まっていると話していた彼女も、シャワーを浴びてきたのだろう。薄茶色のワンピースを着た彼女は雰囲気が一変しており、大人の女性としての貫禄を見せていた。

「失礼いたしました。本当にすみません」

 彼女が改めて詫びる。

「ハハハ、いいんですよ。まあ、これも一つのご縁だ。私らにしても、こんなところで麗しい日本の女性と食事が出来るとは幸運です」

 岩本会長が飄けて答える。

「知らない街で外へ出るのもなんですから、よろしければ、このホテルの洋食レストランはいかがです? 川崎さんは上海にお住まいだそうで、ウチの山中君も大連に駐在の身ですから、お互い中華料理には飽きているでしょう」

 工場で交換した彼女の名刺には『川崎装飾貿易有限公司総経理・川崎慶子』とあり、上海の住所が記されていた。住宅内装材の貿易会社らしい。

 朝食会場だったカフェレストランは、夜もビュッフェのディナーを提供していた。もちろん朝よりも品揃えがグレードアップしており、南半球から輸入してきたのか、季節外れの生牡蠣やノルウェー産サーモンの刺身なども並んでいる。一番の売りとなっているのは南米風バーベキューで、じっくりとローストされた牛や豚の肉塊を長い串に差したままコックが持って各テーブルを回り、お客の要望に応じて好みの大きさにナイフで切り分けて皿にのせてくれるというものだった。

「年寄りと若者が一緒に食事をするには、このビュッフェスタイルというのが一番ですよ。注文に気を遣わず、好きなものを好きなだけ取って食べればいい訳ですからね」

 そう言った岩本会長が、誰よりも多く皿一杯に料理を取ってくる。回ってきたコックから幾度もローストビーフの肉片をおかわりする様に、慶子は目を丸くした。

「お元気なんですねえ。失礼ですが、お幾つになられるんですか?」

「73です。年甲斐もなく、胃袋だけは丈夫なようで」

 食事だけではなく、ビールの方もかなり体内に取り入れていた。飲食以外でも、岩本会長の口は忙しく動く。