(2007年6月、大連)

 その部屋は緊迫した空気に包まれていた。報告を受けて急遽大連へ出張してきた岩本社長は憤りに顔を紅潮させており、隣に座る幸一は腕組みをして天井を見上げたまま黙っている。

 二人は、大連瑞豊木業有限公司の広い董事長室中央に据えられた楢の無垢材テーブルを挟んで、劉清義とその左右に控える総経理と副総経理を相手に対峙していたが、そのテーブルの端では、上海から飛んできた隆嗣が、幸一から見ると憎たらしいほど涼しい顔で煙草を燻らせている、まるで両者の行司を務めているかのような冷静さだ。

 総経理が、電卓を叩きながらボスである清義へ訴えかけている。

「なんと言っているんだ?」

 岩本が幸一に通訳を促す。

「来月から55ドル値上げしないと、継続は出来ないと言っています」

「55ドルだって? 今のベースは485ドルだ。1割以上の値上げじゃないか。とてもじゃないが、呑むことは出来ない。山中君、何とか説得してくれ」

 機先を制して、清義が落ち着いた声でゆっくりと話し始めた。

「岩本社長、ご理解いただきたいのは、我々が儲けるために値上げを言っているのではないということです。ご存知の通り、原材料であるアカ松はすべてロシアからの輸入で賄っておりますが、そのロシアが丸太の輸出関税を引き上げると言っているのです。
  それに、アメリカの圧力で中国元は対米ドルで上昇を続けており、政府は輸出時の増値税(消費税)返還率も引き下げている。今までは、それらのコストアップを工場内の努力でカバーして、価格の維持に努めてまいりましたが、今回の材料費高騰はあまりにも大きすぎる」

 幸一の通訳を聞きながら岩本も唸っている。

 プーチン大統領が推し進める資源戦略は、石油会社の国営化などに留まらず、木材資源についても強硬な姿勢に出てきた。ロシアは国内の木材産業育成を題目として、7月1日から丸太の輸出関税を今までの6.5パーセントから一気に20パーセントへと引き上げる通達を出したのだ。