県道252を左折した車は、県道391を直進する。運転席でハンドルを握る安岡卓治がくぐもった声で、「たぶんあと10分くらいで第一原発に着くな」とつぶやいた。

 ただしこれは推測だ。おそらくはそんなことを言ったのだと思うけれど、断定はできない。なぜなら安岡の口はこのとき、防塵マスクでしっかりと覆われていた。実際には何を言っているのかよくわからない。

 僕にとっては初の映画作品である『A』、そして2作目『A2』のプロデューサーを務めた安岡とは、もう15年の付き合いだ。助手席に座りながら窓の外にビデオカメラを向け続けている松林要樹は、2年前にドキュメンタリー映画『花と兵隊』を発表している。リアシートに座る僕の横で放射測定器の目盛りをじっと見つめている綿井健陽は、戦場写真家でビデオ・ジャーナリストであると同時に、ドキュメンタリー映画『リトル・バーズ』(プロデューサーは安岡)の監督だ。

 つまりこの車内には、「日本を代表する」ドキュメンタリスト4人が、乗り合わせているということになる。ただし全員インディーズ。今どき珍しい三畳一間のアパートに暮らす松林を筆頭に、全員の共通項は貧乏であること。本音では「代表」なんかしたくない。

 4人は防塵マスクで口を覆い、顔の上半分には防塵用のゴーグルを、さらに長靴とビニール手袋を装着して、タイベック製のつなぎ型防護服を着用している。だから誰が誰なのか、外見だけでは判別できない。

 この防護服の素材は高密度ポリエチレン不織布。感触はほとんど紙だ。空中に飛散する塵からの防護には役立つかもしれないけれど、放射線を防ぐことはできない。

 これらのグッズは昨日、工場や土木現場の作業服関連商品専門店であるワークマンで購入した。念のために放射線防護関連商品も探したけれど、当然ながら見つからなかった。それはそうだろう。一般の人にとって放射線被曝は、決して日常的なリスクではない。つまり店に置いたとしても、売れることはまずない。でもそれは3月11日以前の話。もしもワークマンに放射線防護服や防護マスクなどが売られていたら、今ごろはおそらく大ヒット商品になっているはずだ。

 とにかくこの装備だけでは不安だった。しかも天気予報では、午後に雨が降るらしい。ならば空中に飛散する放射性物質が、雨の滴とともに落下してくる。肌の露出は、できるだけ回避しなくてはならない。

 そこで4人は、ゴーグルやマスクの隙間に、べたべたとガムテープを貼った。手首や足首にも巻き、さらに余ったガムテープで、顔や頭をぐるぐる巻きにした。ゴーグルが鼻の付け根に食い込む。目尻が引っ張られる。首が固定されて呼吸もうまくできない。おまけに髪までぐるぐる巻きにしてしまったから、後で剥がすときを考えたら憂鬱になる。でも仕方がない。被曝を考えれば、痛みくらいは我慢しなくては。