初刊行から19年を数えるロングセラー『大学図鑑!』の2018年版発売を記念し、監修者オバタカズユキさんがみなさんから寄せられた“大学選び”の悩みについて、独断と偏見で答えちゃいます。今回は、親の目からみて才能もなさそうな息子が美大に行きたいというが、食っていけるだろうか、というお悩みにお答えします!(なお、本連載での回答は、就職や夢の実現を保証するものではなく、一意見として参考にしてください。受験生ご本人、親御さん、ご親戚からのご質問をお待ちしております!)

Q この春から高校3年生になる息子がおります。そこそこの都立高校に通っており、そこそこの成績です。数学があまり得意でないため文系の大学に進むのだろうと思っていたのですが、先日、突然「美大に行きたい」と言ってきました。たしかに小学生の頃から図工が好きで、中高の美術も楽しんでいたようです。しかし、親の欲目でも、美術の世界で生きていけるほどの才能があるとは思えません。妻は賛成しているのですが、実社会の厳しさがわかっていない気がします。父親として、普通の大学へ進むように説得、無理にでも考えを変えさせるべきか。忌憚のないご意見をいただけたらと存じます。

才能のなさそうな息子が「美大に行きたい」<br />というが、食っていけるようになるものか??美大を出て食っていけるだろうか…?

A 美大志望といえば、最近、こんな話を聞きました。

 とあるメーカーの役員で、営業畑から這い上がってきた人なのですが、大学生の娘さんがいきなり「美大受験をする」と言い出したのです。娘さんは慶應義塾大学の経済学部に在学中。学業優秀で、人当たりもいい。そのまま卒業すれば、たくさんの企業から引く手あまたでしょう。

 父親である彼はビジネスの世界の厳しさを知り尽くしており、娘さんの転向宣言に最初は驚きました。でも、驚きを見せないようにしながら、「美大で何をやるつもりなんだ?」と聞いたそうです。すると、娘さんは「インダストリアルデザインの勉強をしたい」と即答。工業意匠、日常生活用品から大型機械製品まで、さまざまな工業製品のデザインを学びたいというわけです。

 その娘さんの言葉を聞いて、彼は「よし、好きなだけやってみろ」と背中を押したそうです。懐の深い父親を演じたのかなと思ったら、そうではなく、「先見の明を感じたから」と言います。曰く、「そう遠くない将来、人工知能の発達で多くの職業が消える。営業職も大量失業の時代が来る。しかし、人工知能が人間の繊細な感情まで扱えるようになるとは考えにくい。デザイナーは人間の感情の表現者だ。だから、職業として消えることはない」。

 この話を聞いて、時代の変化を私も実感しました。営業マンとして成功した彼が営業職の衰退を感じている。移ろいやすい消費者の感情と格闘してきたモノ売りのプロが、デザイナーは生き残ると言う。人工知能と職業についての彼の議論が正しいかどうか、私には分かりません。でも、一昔前だったら、営業畑から役員にまで上り詰めた人物がこんな話をしたでしょうか。しかも、大事な自分の娘さんの将来に直結する話です。時代は本当に変わってきています。

「世捨て人」イメージは昔の話 美大の就職率は意外と高い

 さて。前置きが長くなりましたが、こんなエピソードの紹介から始めているわけだから、ご質問に対する私の答えはだいたいお分かりだろうと思います。

 いいのではないでしょうか。「美大に行きたい」なら行かせてあげたらどうでしょう。ただし、私は前述した役員の彼のように先の時代を見る目はありません。これからどんな職業が消え、どんな職業が残ったり生まれたりするのかについては、神様じゃないんだからわからないよ、というのが基本スタンスです。

 けれども、過去と現在の比較くらいなら、ある程度できます。親世代が若者だった昔、美大生には世間の価値観を気にしない、世捨て人かのようなイメージがつきまとっていました。しかし、今の美大でそのイメージ通りの美大生はあまり見かけません。

 「芸術は爆発だ!」志向の強い多摩美術大学に対して、武蔵野美術大学は現実主義的だというような、校風の違いがあり、学生のタイプも異なります。とはいえ、美大生全体は、だいぶ普通になってきています。専攻によってはカリキュラムに産学連携プロジェクトが多く取り入れられ、ビジネス界との接点は「普通の大学」よりも多いくらいです。

 では、一番ご心配であろう就職はどうなのか。それは各大学の公式HPの該当ページで確認してください。データ公開が少ない大学の就職状況はかんばしくないと考えていいと思いますが、あちこち見ていくと、意外に就職率(就職者÷希望者)が高いのだなという印象を持つはずです。

 たとえば、八王子市にある東京造形大学の場合、就職率が一番低い彫刻の専攻領域で60%、上記の役員の娘さんが志望しているインダストリアルデザイン専攻領域で84%、学生数の一番多いグラフィックデザイン専攻領域で90%の就職率と公表されています。学部は造形学部一つですが、卒業者数369名のうち就職希望者は246名、就職者は197名で就職率80%です。

 就職者以外は、進学者が37名、制作活動・フリーランス・アルバイト等が108名、未報告者27名となっています。就職を希望したけれども叶わなかった卒業生は、「アルバイト等」や「未報告者」あたりに入るのでしょう。

 上記のデータから何を感じるかは人によると思いますが、美大生は世捨て人というイメージとはだいぶ違う数字です。少なくとも卒業者369名のうち197名は新卒で就職しているのですから。

 就職先は多岐に渡っています。昔のイメージだと、美大生の勤め先は中学高校の美術教員くらいしかないだろう、という感じでしたが、学校の先生になるのはごく一部です。

 武蔵野美術大学の公式HPには、業種別就職状況のデータが公開されており、そこでは人数の多い順に、「出版・印刷・広告・デザイン事務所」24.5%、「展示・装飾・ファッション・TV・映画」21.1%、「建築・インテリア・住宅」10.9%、「製造業(食品・化粧品・電器・自動車・家具・文具・雑貨)」10.0%と続いています。アートに近しい業種もあれば、ごく「普通」の業種もあり、就職先はかなりバラバラです。

 同じく武蔵野美術大学の職種別就職状況では、「デザイナー等クリエイティブ職」が69.8%とダントツで多く、そうした職のニーズが意外とあるのだなと思わされます。また、次点は「総合職・一般職・販売職」22.6%で、美大出でもアートに関係ない道に進む人が少なくはないことを表しています。

学費は私大理系より高いのでご注意を!

 質問者のお父様は、誰でもすぐにチェックできるこのようなデータをご覧になったでしょうか。「美大に行きたい」息子さんは、とっくの昔にチェック済みかもしれません。だとしたら、「父親として、普通の大学へ進むように説得、無理にでも考えを変えさせ」ようとしても、息子さんは納得しないのではないでしょうか。

 息子さんに賛成している奥様について、「実社会の厳しさがわかっていない」とも書かれていますが、息子さんとのコミュニケーションがずっと多い母親には「この子は大丈夫」という確信があるのかもしれません。息子さんを通じて、最新の「実社会」を感じ取っており、古い美大生イメージをアップデートしているのかもしれません。私が「かもしれません」を連発するだけでは無意味ですから、できるだけ早く、奥様と息子さんの中にあるリアリティをお確かめください。

 それでも不安をお感じなら、美大や美大生の現状をご自身でお調べください。息子さんの志望している大学の諸データがあいまいであったら、大学に直接お問い合わせになるといいでしょう。その応対ぶりは、データには表れない大学の質の評価材料にもなります。

「美術の世界で生きていけるほどの才能があるとは思えません」という件は、さほど心配されなくてもいいと思います。なぜなら美大の実技試験は甘くありません。合格したら相応の適性ありということです。実技試験なしのところもあるにはあります。もし、息子さんがそうした美大モドキに入ろうとしていたら、私も基本的に反対します。でも、そうした大学は例外的な存在です。

 あ、それよりも大事な件がありました。美大は学費がかなりかかります。私大の理系学部よりも高いので、そのチェックと出費の計算は必ずなさってください。経済的に困難な場合は、超難関の東京芸術大学以外にも、全国各地に美術を学べる国公立大学がありますから、息子さんと互いに腹を割って、親子で適した大学を探してみることをお勧めします。

 ☆ぜひ聞いてみたい質問がある場合は、zukan@diamond.co.jpまでお寄せください。質問採用の有無に関するご連絡は、本連載における公開回答をもって代えさせていただきます。