「母親の食習慣が子供の遺伝子を変えてしまう」――今話題の遺伝子のトピック「エピジェネティクス」が明らかにした驚きの事実。「遺伝学者×医師」シャロン・モアレムが遺伝子の最先端を描いた極上のノンフィクション『遺伝子は、変えられる。』から、いじめと遺伝子の関係、そしてストレスが生まれ来る子供にどんな影響を与えるのか、ご紹介しよう。

いじめのトラウマは遺伝子をも傷つける

 以前(連載第1回)、中学1年生に戻ってみてほしい、と頼んだことを覚えているだろうか。その時点まで遡ると、できるなら思い出したくない嫌な思い出や出来事を思い起こしてしまう人もいるだろう。正確な数字はわからないが、あらゆる子供の少なくとも4分の3は、人生のある時点でいじめを経験するという。ということは、あなたも、大人になるまでに、そうした不運な経験を受け取る側だった確率は高いだろう。そして、すでに親になった人にとっては、わが子のいじめの経験や、学校内外の安全に関する心配は増える一方に違いない。

 ごく最近まで、ぼくらはいじめにまつわる深刻で長期にわたる悪影響を、主に心理学的な面から考えて語ってきた。いじめがとても深い精神的な傷痕を残すことについては、異論を唱える人はいないだろう。一部の子供や青少年が被る計り知れない精神的苦痛は、自分を傷つけることを考えたり、実際にそんな行為に走らせたりすることがある。

 しかし、もし、いじめられた経験が、ぼくらに深刻な心理的負担を負わせること以上の問題をもたらすとしたら? この質問に答えを出すために、イギリスとカナダの教師たちのグループは、「そっくりな双子」、つまり一卵性双生児の複数の双子のペアを5歳から追跡調査することにした。まったく同じDNAを持っていることに加えて、研究に参加した各双子のペアは、その時点まで一度もいじめられたことがなかった。

 スイスの実験でマウスが被った扱いとは違い、今度の研究者たちは、研究対象にトラウマを植えつけることが許されていなかったと聞いたら、読者のみなさんはほっとされるかもしれない。とはいえ研究者たちは、他の子供たちに科学的な汚れ仕事をさせたのだった。

 何年間もじっと待ちつづけたあと、科学者たちは、片方の子だけがいじめにあった双子のペアを訪ねた。そして、そのあいだの双子の人生を調べた結果、次のことが判明したのである。双子が12歳になっていたそのとき、5歳のときにはなかった驚くべきエピジェネティックな変化が生じていたのだ。大きな変化が生じていたのは、いじめにあったほうの子供だけだった。

 単刀直入に言うと、いじめには、青少年に自傷傾向を引き起こす危険があるだけでなく、遺伝子の働き方と遺伝子が人生を形づくるやり方を変えてしまうことに加え、将来の子孫に引き継ぐものまで変えてしまう危険性があるということが、遺伝子的にはっきりと証明されたわけだ。

 この変化を遺伝子のレベルで見るとどうなっていたかというと、平均的に言って、いじめられたほうの子では、次のことが起きていた。SERT(サート)遺伝子(セロトニン・トランスポーターと呼ばれ、神経伝達物質セロトニンがニューロンに移動するのを助けるタンパク質をコードする遺伝子)のプロモーター領域で、DNAのメチル化の量が有意に多くなっていたのだ。この変化は、SERT遺伝子から作られるタンパク質の量を減少させると考えられている。つまり、メチル化の量が多くなればなるほど、SERT遺伝子が「オフになる」割合も増えるのだ。

 こうした発見がなぜ重要かと言うと、エピジェネティックな変化は一生残る可能性があると考えられているからだ。言い換えれば、たとえあなた自身がいじめられたことをよく覚えていなくても、あなたの遺伝子はちゃんと覚えているのである。