「ダイエットの通説には、科学的エビデンスがない」
そう驚きの告白をするのは、『双子の遺伝子』等の著作を持つ世界的な双子研究の権威で、ロンドン大学キングス・カレッジ遺伝疫学教授、英国医科学アカデミーフェローも務めるティム・スペクター氏だ。スペクター氏は、一卵性双生児のある研究結果をきっかけに食事、栄養の科学に疑問を持ち、この度、その研究成果を『ダイエットの科学』(白揚社)としてまとめたスペクター氏に、その「神話」を打ち破り、正しい「食事」をするためにはどうすればいいのかを聞いた。(インタビュアー:大野和基)

ダイエットの通説には、「エビデンス」がない!?

―― 英語のタイトルである“The Diet Myth”が示すように、世界中の人が信じ込んでいるダイエットに関する神話には、どんなものがありますか?

なぜダイエットには「個人差」があるのか?ティム・スペクター(Tim Spector)
ロンドン大学キングス・カレッジ遺伝疫学教授、英国医科学アカデミーフェロー。双子研究の世界的な権威であり、近年はとくにマイクロバイオームを中心に研究を続けている。これまでに発表した論文数は800本以上、論文の被引用数は世界でもトップ1パーセントに入る。邦訳書に『双子の遺伝子』(ダイヤモンド社)、『99%は遺伝子でわかる』(大和書房)がある。(写真:大野和基)

スペクター 多くの神話があります。よくある神話は、「カロリー計算が体重を減らす鍵となる方法である」というもの。それは昔からずっと語り継がれている神話です。すべての国のすべての人にとって当てはまるダイエットプランがただひとつあり、それは食べ物に含まれるカロリーを計算し、それを減らすことだけで減量できる、というアイデアです。この30年間、すべての国の政府はこう言いつづけてきましたが、肥満を抱える人の数を調査した国では肥満の人は少なくとも倍になっています。ですから、これが最初に指摘したい神話です。

 次に、体にいい食べ物、悪い食べ物に関する神話もこの期間に変化しました。一般的に、脂肪は悪く、炭水化物はいいと思われてきましたが、これはエビデンスにはサポートされていない、もうひとつの神話です

―― スペクター博士には以前、“Identically Different”(翻訳『双子の遺伝子』ダイヤモンド社)を上梓されたとき、イギリスでインタビューさせていただきましたが、今回のテーマはそれとは一見関係のないテーマに見えます。どうして関心の対象が移ったのでしょうか。

スペクター 一見関係のないテーマに見えますが、一卵性双生児の研究によって、ほとんどの双子は体重の点では非常に類似していることがわかりました。しかし、そこには例外がありました。私はその違いは何か、遺伝子がいかにして発現するか、ということに関心を持ったのです。

 研究の結果わかったことは、ある一定の体重を超えると、たとえば糖尿病の遺伝子が発現し、それ以下の体重を維持していれば、そのような遺伝子が発現することはないだろうということ。ですから私は、一卵性双生児を研究することで人を少し太らせる環境要素は何かということに関心を持ったのです。食生活は自分たちの環境のかなり重要な部分ですが、30年間で劇的に変化した部分でもあります。そうしたことについて、私はさらに研究したいと思いました。

 また、ある一定の種類の食べ物を食べるとなぜ、他の人よりも太る人がいるのかということにも関心を持つようになりました。1990年代になされた一卵性双生児の研究では、倍の量の食べ物を6週間、一卵性双生児に与える実験をしましたが、4キロ体重が増えた人もいれば、12キロも増えた人もいました。食べ物は同じです。それは私にとって、何か別のことが起きている、ということを示しているように感じました。カロリーだけではない、ということですね。もっと詳しく調査しようと思ったのです。

 しかも、同時に私個人の病気の問題も出てきました。

―― どういう病気ですか?

スペクター 6年ほど前のことです。イタリアのアルプスにスキーツアーに行きました。山の頂上で複視(ダブルビジョン)を経験したのです。とても怖い瞬間でした。脳卒中が起きたのか、脳腫瘍ができたのか、何が起きたのかわかりませんでした。結局それは血管の一時的な閉塞であることがわかりました。私の血圧が急に上がったのです。そのときから、私は自分の健康のことを気にするようになり、栄養とか食生活について自分自身に役立つ情報を探しました。

 私は手当たり次第本を読みましたが、医師としても自分を導くだけのエビデンスがないことに気づかされました。それが本を執筆する契機のひとつです。私は2、3年リサーチをしましたが、すでに世に出ているものはエビデンスに基づいて書かれていないことに気がつきました。ほとんどが「神話」だったのです。20年間の私の研究と私の個人的な経験が合わさって、本のアイデアが生まれました。ある人にとってのダイエットとなることが、別の人には異なって作用することを説明しようと思いました。単なる遺伝子の説明だけでは無理でした。体内にある微生物の違いこそが重要なのです。