同一労働同一賃金に抵抗する日本という「身分差別社会」

作家であり、金融評論家、社会評論家と多彩な顔を持つ橘玲氏が自身の集大成ともいえる書籍『幸福の「資本」論』を発刊。よく語られるものの、実は非常にあいまいな概念だった「幸福な人生」について、“3つの資本”をキーとして定義づけ、「今の日本でいかに幸福に生きていくか?」を追求していく連載。今回は「サラリーマンという生き方と幸福度」について考える。

 大手広告代理店の電通に入社してわずか8ヵ月の女性社員が2015年のクリスマスの晩に投身自殺しました。電通では2013年にも30歳の男性が過労死(病死)しており、労働基準監督署からの度重なる是正勧告を無視していたことが「悪質」とみなされ、刑事事件を視野に立ち入り調査が行なわれ社長が引責辞任しました。

 報道によれば、女性社員はインターネット広告を担当する部署に配属され、クライアント企業の広告データの集計・分析、レポート作成などを担当していました。このネット広告部門は2016年9月末に、レポートを改ざんして運用実績を虚偽報告したり、広告不掲出で過剰請求するなどの不正行為が発覚しました。その原因について会社側は、「現場へのプレッシャーも含めてマネジメントが配慮すべきだった」「複雑で高度な作業に対して恒常的に人手不足だった」と説明しています。

 女性社員は自殺前、SNSに「休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ」「生きているために働いているのか、働くために生きているのかわからなくなってからが人生」「男性上司から女子力がないだのなんだのと言われるの、笑いを取るためのいじりだとしても我慢の限界である」などと投稿し、自殺した朝は「仕事も人生も、とてもつらい。今までありがとう」と母にメールを送っています。

 これまでもブラック企業に対する批判はありましたが、これは日本を代表する大手企業でも異常な労働環境が常態化していた実態が明らかになったという意味で、きわめて象徴的な事件です。批判を受けて電通は、本社ビルを夜10時に一斉消灯するなど深夜残業を抑制する措置をとりましたが、こんなことではまったく解決しないでしょう。なぜなら問題は長時間労働ではなく、それはたんなる結果にすぎないからです。

ジョブ型とメンバーシップ型

 日本企業でなぜ社員が過労自殺するのかを論じるには、日本の会社やサラリーマンの働き方の基本的な仕組みを押さえておく必要があります。

 すでにさまざまな論者によって指摘されていることですが、欧米の会社の人事システムが「ジョブ型」であるのに対し、日本の会社は「メンバーシップ型」だという大きなちがいがあります。

 ジョブ型というは「職務(ジョブ)」を基準に仕事が成り立っている組織のことです。人事部は、経営者が決定したビジネス戦略にのっとって必要なジョブを補充し、不要なジョブを削減しますが、職務間の異動は原則としてありません。営業が人手不足になれば、労働市場から適任者を募集します。その一方、間接部門で人材の余剰があれば金銭解雇(リストラ)によって適正な規模に戻します。こんなとき日本の会社だと、当然のように人事部や総務部から営業部への配置換えが行なわれますが、欧米のビジネスマンがそれを聞いたら腰を抜かすほど驚くでしょう。