今回は日本の問題について考えてみたいと思います。日本は今、「国難に襲われている」とか、「未曾有の危機」などといわれています。大震災や景気低迷、円高などの事象を見ると、大変苦しい状況にあることには間違いありません。ニュースでは連日「問題が山積」といっています。世界のなかでも突出して日本が悪い状態にあるような気になります。しかし、本当にそうでしょうか。

 まず確認したいのは、日本の歴史を通じて「問題が山積」していなかったときはない、という当たり前の事実です。昔の新聞を読み返してみればわかるのですが、「問題が山積」と書いていない日はありません。少なくとも人々の認知においては、常に問題は「山積」している。

 しかも、あらゆることが絡み合っているのが世の中ですから、ある問題の解決は必ずといってよいほど新しい問題を生み出します。たとえば、敗戦後の戦後復興(それこそ問題がエベレスト級に山積していた)を目指した工業化は、高度成長期になると公害の問題を引き起こしました。

 ようするに社会の問題が完全に「解決」されることなどあり得ない。常に問題がある。だからといってそれをほっといていいわけではない。何とか解決しようとする(公害問題などは日本がわりと底力を発揮した例です)。しかし、問題は次から次と押し寄せてくる。問題解決の自転車操業、これが人の世の宿命です。

 話を空間的に拡張してみましょう。「問題はいつも山積している」、このことは日本以外のあらゆる国にもそのまま当てはまります。アメリカも財政赤字やら国際紛争、医療における制度改革など、挙げていけばきりがないほどいろいろな問題を抱えています。中国などの新興国だって、景気が良さそうに見えて、政治・経済・社会情勢の面で不安定な要素をたくさん抱えています。

 EU諸国も大変です。破綻寸前のギリシャだけでなく、ポルトガル、イタリア、スペインなど財政状況が悪い国がたくさんあり、問題は山積みです。あちらの問題が落ち着いたと思えば、こちらから新たな問題が噴出するという事態で、財政再建策もなかなかまとまらず、将来がどうなるのか非常に不安定な状況が続いています。「問題が山積していない国、手を挙げて!」と聞いて、手を挙げられる国はひとつもないでしょう。