宮城県の大学の教授・准教授や職員が4ヵ月かけて関東の有名進学校48校を行脚すれば、福島県の大学は学長、副学長、理事など8人がわずか2ヵ月で東北などの128高校を訪ね歩いた。彼らの訪問目的は受験生の“確保”。進路指導担当者を訪ねて、こう訴えた。

「本学は通常通り学習できる環境が整っています。安心して受験してください」

 よくある、万年定員割れの底辺大学の学生募集の話ではない。実は、冒頭の宮城県の大学は東北大学で、福島の大学は福島大学。地域を代表する国立大学である。

 東北大学は学生の4割を東北地方以外の出身者が占める、いわば“全国区”の大学だ。かたや、福島大学は隣接する新潟、栃木、茨城の3県と東北地方の出身者が学生の9割を占める“地域密着型“だ。それゆえ、東北大学は6月から自校への進学実績の高い関東の大学を、かたや福島大学は9月から東北地方と近隣三県の高校を中心に訪ねて回ったのだ。

 どちらも、受験生確保のために大々的に高校を行脚するなど史上初のことである。

 名門国立大学を高校巡りに駆り立てたのは、東日本大震災による受験生減少という危機感だ。

 例えば今年8月に大手予備校の河合塾が行った国内最大規模の大学受験模試。全国の大学受験生の約半分、35万人が参加したこの模試で、被災した東北三県の国立大学の志望者は岩手大が5%減、東北大学が13%減。福島大学にいたっては29%減である。国公立全体では横ばいだから、その減少ぶりは群を抜く。10月の模試では、岩手大が8%減、東北大が7%減、福島大が21%減と、2校の減少幅は縮んだものの、それでも過去に類を見ない減少ぶりだ。

 河合塾の担当者によれば、「東北地方以外の受験生の東北志向が弱まり、さらに東北地方の学生が北海道や関東、甲信越にシフトしている」と指摘する。事実、東北地区の受験生の国公立大の志望地域(大学所在地)は対前年比で北海道が31%、甲信越が27%、関東が8%も増えている。

 志望者減が東日本大震災による被災と福島第一原発の事故の影響であることは言うまでもない。

 実際、大学の受験者説明会でも、真っ先に問われるのは、被災状況と原発事故の影響だ。東北大学は「本学が大打撃を受けたという噂が一部にあるため、それを打ち消す必要があった」(入試課)と解説するし、福島大学はわざわざホームページ上でキャンパスの放射線量を公表しているほどだ。

 無論、東北、岩手、福島の三大学は原発の警戒区域や緊急時避難準備区域外に位置し、志望者減は風評被害ともいえる。だが、1月のセンター試験までに志望者が急回復するのは望み薄だ。余談になるが、岩手大学のように、福島大学からのシフトを見越してか、今年初めて福島県で受験生説明会を開催した大学もあり、国立大同士の地元受験生争奪戦の様相さえ呈している。

 また、一橋大学や上智大学、明治大学など都内の大学を筆頭に、全国で入学金・受験料の免除や生活費支給の支援制度を相次いで設けており、これも皮肉なことに東北の受験生の地元離れの背中を押すと見られる。

 果たして、1月のセンター試験までに、前出の3国立大学の志望者数はどこまで回復するのか、あるいはどこに流出してしまうのか。その結果によっては、玉突きのかたちで、東北や関東さらには北海道、甲信越の国公立大学の志望者、ひいては難易度に一波乱起きることになるだろう。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 小出康成)

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