なんとなく美術館に行くけれど、何が面白いのかよくわからない……。そんな人も多いのではないでしょうか。そこで今回は、『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』が話題沸騰の著者・木村泰司氏に、美術鑑賞の楽しみ方について教えてもらいます。

美術は「見る」ものではなく「読む」もの

 美術鑑賞の仕方がわからない――。そうした声をよく耳にします。美術鑑賞を楽しめない大きな原因は、美術を「感性」だけでとらえようとすることです。とくに日本では、「美術鑑賞=感性」というイメージが強いですが、それでは美術を「なんとなく眺めるだけ」で終わってしまい、興味がわかないのも当然です。

 私は、いつも講演で「美術は見るものではなく読むもの」と伝えています。美術史を振り返っても、西洋美術は伝統的に知性と理性に訴えることを是としてきました。古代から信仰の対象でもあった西洋美術は、見るだけでなく「読む」という、ある一定のメッセージを伝えるための手段として発展してきたのです。

 つまり、それぞれの時代の政治、宗教、哲学、風習、価値観などが造形的に形になったものが美術品であり建築なのです。これらの背景を理解せずに絵画を鑑賞することは、まるでわからない外国語の映画を字幕なしに観ているのと同じだと言えるでしょう。美術の背景を知ると、これまでとはまったく別次元で美術鑑賞を楽しめるようになります。

 たとえば、有名なナポレオンの肖像画「ボナパルト(ナポレオン)のアルプス越え」の背景には、当時のナポレオンの政治的意図が隠されています。この肖像画は、ナポレオンが皇帝になる前にジャック=ルイ・ダヴィッドに描かせたもので、白馬に乗って峠を越えるナポレオンを描いています。

「感性」だけで見るのをやめると、美術鑑賞はもっと面白くなる<br />ジャック=ルイ・ダヴィッド「ボナパルト(ナポレオン)のアルプス越え」1801年

 しかし実際は、舞台となった峠は馬で越えられるような場所ではなく、ナポレオンもラバに乗って峠を越えました。それにもかかわらず、国家元首の象徴でもある白馬の騎馬像で前脚を跳ね上げさせ突撃の命令を下しているところから、これがナポレオンのイメージ作りのための作品だったことがわかります。

 また、舞台になったのはアルプスのサン=ベルナール峠で、この場所自体がヨーロッパの中央を制圧したことを象徴しています。足もとの岩には同じようにアルプスを越えてイタリアに進軍した英雄たち、古代カルタゴの将軍ハンニバルと中世のローマ皇帝シャルルマーニュの名が刻まれています。

 ダヴィッドはこの絵の複製を少なくとも4枚製作し、弟子たちにも数枚製作させています。その結果、この肖像画は誰もが知る英雄ナポレオンのイメージとして定着しました。このイメージが、皇帝になる際の国民投票で有利に働かなかったわけがありません。この絵画一枚から、こうしたナポレオンの思惑が読み取れるのです。

 このように、美術の背景を知ることで、これまでとはまったく別次元で絵画鑑賞を楽しむことができるようになります。拙著『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』では、こうした美術の裏側に隠された欧米の歴史、文化、価値観などについて、約2500年分の美術史を振り返りながら、わかりやすく解説しました。本書を読み終えれば、すぐに美術を”読める”ようになるはずです。