2014年「新・風土記」出雲大社奉納、2015年「天地の守護獣」大英博物館日本館永久展示、「遺跡の門番」クリスティーズに出品・落札。2016年「The Origin of Life」4ワールドトレードセンター常設展示…。競争が激しいアートの世界で、なぜ、いま小松美羽が評価を集めているのか?その理由を、話題の新刊『世界のなかで自分の役割を見つけること』の内容からお伝えしていく。

大英博物館に所蔵された「しっぽを振る狛犬」
大英博物館に所蔵された「しっぽを振る狛犬」小松美羽 (こまつ・みわ)
現代アーティスト。1984年、長野県坂城町生まれ。銅版画やアクリル画、焼き物への絵付けなど幅広い制作スタイルから、死とそれを取り巻く神々、神獣、もののけを力強く表現している。2014年、出雲大社へ「新・風土記」を奉納。2015年、「天地の守護獣」の大英博物館日本館永久展示が決まる。2016年より「The Origin of Life」が4ワールドトレードセンターに常設展示される。2017年には、劇中画を手掛けた映画「花戦さ」が公開されたほか、SONY「Xperia」のテレビコマーシャルに出演。

大英博物館に所蔵された「しっぽを振る狛犬」

 2015年10月14日、立体作品「天地の守護獣」がロンドンの大英博物館にコレクションされることになったのも、アートの「つなげる力」を目の当たりにした出来事だった。

 きっかけは、有田焼との出会いだった。伝統ある有田焼の窯元「有田製窯」が、私が立体用に描き下ろした狛犬のデザイン画を磁器にしてくださり、そこに私が絵付けをして作品をつくりあげていくという新しい挑戦。

 私にとって狛犬は、特別で大切な存在、思い入れもひとしおという守護獣である。

 完成したのは、「天」と「地」で一対となった二体の狛犬「天地の守護獣」。

 「天地の守護獣」は、エリザベス女王が総裁を務める英国王立園芸協会主催のガーデニングイベント「チェルシーフラワーショー」にエントリーすることになった。庭園デザイナー石原和幸さんによる「EDO NO NIWA」に、庭の守り神として「天地の守護獣」が展示されるというコラボレーション作品だ。

 「EDO NO NIWA」は、ゴールドメダル受賞という素晴らしい結果になった。

 「『天地の守護獣』は特別ですよ。小松さんという若いアーティストと、有田焼という伝統文化のコラボレーションがいい。そのうえ、昔から庭の美を大切にしてきた日本の作品が、同じくガーデニングの伝統を持つイギリスで賞をとったというご縁も素晴らしいじゃないですか。日本の文化を海外に発信するために、これだけの作品は、イギリスの一流のキュレーター(博物館や美術館の学芸員)にも見てもらうべきです」

 受賞がきっかけとなったある食事会の席で、熱っぽくこう話してくださったのは、在英国日本大使館の方だった。

 文化担当官で、アートにも造詣が深い。折しもその年は、有田焼の発祥から400年という節目の年だった。

 「大英博物館のキュレーターは知っているから、彼女に小松さんのポートフォリオを渡してあげよう」

 思いがけない申し出に、私は即答した。

 「ぜひとも! だってこの狛犬たち、イギリスにきたとたんに、英語をしゃべってるんですよ」

 元気良く言ったものの、お酒の入っている席の話だから、確実とは言えないだろう。

 「お忙しい方がせっかく言ってくださったのだから、気長にリアクションを待つのがいいだろう」くらいの気持ちだった。

 また、自分がまだ三〇そこそこの無名のアーティストであることも自覚していた。まだこれだけの自分。まだこれからの自分。

 日本やニューヨークしか知らなかったけれど、キュレーターというのは何百、何千というアーティストのポートフォリオを見るもので、それはイギリスでも同じだろう。

 つまり、見てもらうのは確かにチャンスだが、それだけではチャンスとはいえない。見てもらったとしても作品が目に留まる可能性はわずかだ。同時に、「わずかといえども、せっかくのチャンスを逃したくない」と強く思っていた。

 ところがなんと、実際にポートフォリオを渡していただけたという。さらにキュレーターは「天地の守護獣」を見てくださり、ぜひ、大英博物館に入れたいという話がきたのだ。

 驚いた。唖然とした。そのキュレーターに会えるとなったときは、緊張した。

 あのイギリスの、あの大英博物館のキュレーターなのだ。きっと一流大学を出ていて、博識で、何ヵ国語もしゃべれるようなエリートに違いない。

 ご挨拶に伺う日、「バカがばれないようにしないと」と、硬くなって大英博物館に向かって歩いていると、木の陰でニコニコしている女性がいる。

 「小松さん!」

 それが大英博物館のアジア部門のチーフキュレーター、ニコル・クーリッジ・ルマニエールさんだった。

 流暢な日本語。エリートだろうという私の推理は当たっていて、ニコルさんはハーバード大学で博士号をとったあと、セインズベリー日本藝術研究所を設立したという。

 日本について日本人以上の知識があるし、日本語の文章まで完璧というすごい人だとあとで知った。それでいてニコルさんは、気取らないフレンドリーな方だった。

 「私ね、あなたの狛犬を見た瞬間に、『ハロー』と声をかけたわ。そうしたらあの子たちは、『ハロー』って答えて、パタパタパタって、しっぽを振ったのよ!なんてかわいい子。なんてラブリー。この子たちは大英博物館に入れるべきだって、すぐに決めたわ」

 ニコルさんは必ず、作品に話しかけることにしているそうだ。「話しかけて答えが返ってくるかどうか」でいい作品かどうかを判断する。

 もちろんそれだけがコレクションしていただいた理由ではないだろうけれど、彼女はきっとハートと知性で考える人なのだ。

 「だって、魂が入っている作品をコレクションしたいから」

 それでもまだ信じられずにいたが、正式にメールがきて、あっさりと「天地の守護獣」は大英博物館の所蔵作品に決定した。

 いろいろな奇跡があった。有田焼の窯元につなげてくださり、イギリスにつなげてくだった石原和幸さんとのご縁もあった。ニコルさんにつなげてくださった方のご厚意もあった。チームの力もあった。狛犬とイギリスに伝わる守護獣グリフィンが実は起源を同じくするのではないかというつながりもあった。

 でも、それだけではない。

 しっぽを振る狛犬。大英博物館と「天地の守護獣」をつなげたのは、アートそのものが持つ力だ。

 ニコルさんがおっしゃったように、あの狛犬たちは、しっぽを振りながら、自分で嬉しそうに大英博物館に走り込んで行ったのだと、私も思う。