上場直後のスタートアップ(ポストIPO企業)は自社の成長性について風呂敷を広げるべきか? 大企業とスタートアップのIRでどのような違いがあるのか?スタートアップ上場後の成長加速をテーマに活動するシニフィアンの共同代表3人が、『新興さんいらっしゃい』でポストIPOスタートアップのトップ20人超を取材して感じたことを紹介していきます。スタートアップの場合、社長個人の魅力を含めて事業の強みが資料だけだと伝わりづらいという前回の議論につづいて、今回のテーマは、スタートアップの事業の魅力や成長性を十分伝えるためのポイントについてです。(ライター:大西洋平)

風呂敷を広げるべきか、ピントをしぼるべきか?

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):情報開示に関してはあれこれ制約があって、「成長可能性に関する説明資料」では言いたいことを伝えきれなかった、という声が目立った一方で、「ちょっと風呂敷を広げすぎた内容じゃないかな?」と思った企業もいくつかあったというのが僕の感想です。下手に風呂敷を広げすぎてピントがボケてしまい、結局はどんな特徴のある会社なのかがわからなくなってしまっているケースです。それよりも、「地味なマーケットだけど、確かにこれは広がりそうですね!」と思わせる訴求のほうが心に響いてきますよね。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):確かに。たとえばインタビューでお話を伺ったすららネットの場合、「教育産業をすべて変える!」などと宣言したら、まさに風呂敷を大きく広げすぎになっていたかもしれないけど、「当社は低学力の子どもに的を絞り、ライバルがいないところで勝負します!」と説明したことで、説得力が強まっていましたよね。

村上:おそらく風呂敷を広げたくなるのは、「ニッチなマーケットだから成長性が限られている」と思われたくないからでしょう。むやみに勝負するマーケットを広げてしまうと、自分たちの優位性が薄れてしまうのも確かですから、ニッチマーケットを選択する戦略には妥当性はありますが、確かに聞く人によっては小さい事業に感じてしまうのかもしれませんね。

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):要するに会社側としては、「AI」とか「Fintech」といった“旬”のバズワードを散りばめたいわけですよね。そういった言葉に、安直に飛びついてしまう投資家も少なくありませんから。ところが、そういった言葉を散りばめながら一貫したストーリーを語ろうとすると、どんどん大袈裟で曖昧な内容になってしまいがち。核心部分である、「Fintech関連ではあるものの、あの会社はこの文脈の部分にユニークさを秘めている」という点がぼやけてしまうのです。結局、マザーズ市場に上場する会社に求められているのは、自分たちを定義づけることなのでしょうね。突き詰めて言えば、すでに仕上がっている会社なのか、そうではないかについて明言することだと感じます。

新興企業なのに盤石を装う風潮!?

小林:まだ成長途上でありながら、大風呂敷を広げて仕上がっている企業を装っている新興企業が少なくないという話ですね。

朝倉:そうです。本来、マザーズは成長途上の会社が集う市場でありながら、上場する以上は盤石な会社だという体裁を整えなければならない風潮があるわけです。けれども、マザーズに新規上場する企業をスタートアップの延長線上にある「ポストIPOスタートアップ」ととらえれば、たとえば、Yコンビネーター(米国の著名ベンチャーキャピタル)のポール・グレアムは「スタートアップはスケールしないことをしよう」と言っているし、PayPal創業者のピーター・ティールも「とにかくニッチな市場を独占せよ!」と説いていますよね。「自分たちは成長途上の小さな会社です」と積極的に認めたうえで、「まずはこの狭い領域で圧勝します!」と宣言したほうが誠実だと僕は感じるし、好感する投資家も出てくるんじゃないかと思います。

小林:その会社が手掛けているビジネスの領域が広ければ広いほど、「他にやっている競合がいるでしょ! その中でどれだけのシェアを獲得できるの?」と考えるのが自然。だけど、ニッチな領域がターゲットであれば、「確かにその領域では他に勝負しているプレイヤーはいないよね」と聞き手を得心させやすく、エッジが利いていきます。

村上:僕はとある新興企業の社長とIPO時から3回面談したのですが、最初の2回ではビジネスのぼんやりとした輪郭しか把握できませんでした。ようやく3回目にして、「なるほど。そういうことをやろうとしているのか」と納得できました。「1~2行の説明では絶対にわかってもらえない」といったようなユニークな事業をやっているのに、世間はそのことに気づいていないというギャップを埋めきれないまま上場してしまった企業が少なくないでしょうね。

競合について明言するのは吉か凶か

朝倉:今回、「新興さんいらっしゃい」という企画を通じて初めてコンタクトを取ったケースはもちろん、以前から他のメディアにも露出していて予備知識のあった会社であっても、改めてインタビューを行ってみて初めて知った話が多かったのが印象的でしたね。思いのほか、「この会社の事業構造のこと、ホントはよくわかっていなかったな」と感じたことが度々あったというのが率直な感想です。伝える側の立場に立てば、大企業のIRよりも難しい点も多々あるかもしれませんね。

村上新興企業のIRについては、大企業のそれと似ている部分と異なる部分が混在していると僕は思います。まず、ある程度のベースラインを守るべき部分に関しては特に違いがないでしょう。

朝倉:そのベースラインとは?

村上:情報開示の方法や投資家の物事の見方に対するクセを踏まえた対応です。きっと、この点については大企業でも新興企業でも、求められるものに大きな違いはないと思います。ですが、事業に関する説明の構成については、意識的に大企業のパターンとは違うものにしていかないと、コミュニケーション上のミスマッチが避けられないでしょうね。

 実際、「新興さんいらっしゃい」でインタビューを行うのに先駆けて下調べした際に、僕が特にわかりづらいと感じたのは、その会社の事業の具体的な中身と今後の発展性です。大企業の場合は、たとえば「トヨタがEV(電気自動車)を手掛ける」といった話なら、極めてわかりやすい。ところが、新興企業ともなると、開示資料を見ているだけでは事業モデルの強みやそれを生かした今後の戦略がなかなか見えてきません。そのためか、競合関係もはっきりしなくなるわけです。

朝倉:確かに、競合先を明確に挙げた会社は意外と少なかったですね。会社の仕上がり具合から見てまだまだ仮説段階にすぎないため、競合を具体化できないのかもしれません。せいぜい、このあたりに可能性がありそうだということをいくつか列挙する程度にとどまるのでしょうね。(次回へつづく)

*本記事は、株式公開後も精力的に発展を目指す“ポストIPO・スタートアップ”を応援するシニフィアンのオウンドメディア「Signifiant Style」で2018年5月26日に掲載された内容です。

スタートアップが事業の魅力や成長性をアピールするとき、バズワードや大風呂敷は効果あり?なし?

朝倉祐介 シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。

 

スタートアップが事業の魅力や成長性をアピールするとき、バズワードや大風呂敷は効果あり?なし?

村上 誠典 シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県姫路市出身。東京大学にて小型衛星開発、衛星の自律制御・軌道工学に関わる。同大学院に進学後、宇宙科学研究所(現JAXA)にて「はやぶさ」「イカロス」等の基礎研究を担当。ゴールドマン・サックスに入社後、同東京・ロンドンの投資銀行部門にて14年間に渡り日欧米・新興国等の多様なステージ・文化の企業に関わる。IT・通信・インターネット・メディアや民生・総合電機を中心に幅広い業界の投資案件、M&A、資金調達業務に従事。

 

スタートアップが事業の魅力や成長性をアピールするとき、バズワードや大風呂敷は効果あり?なし?

小林 賢治  シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県加古川市出身。東京大学大学院人文社会系研究科美学藝術学にて「西洋音楽における演奏」を研究。在学中にオーケストラを創設し、自らもフルート奏者として活動。卒業後、株式会社コーポレイトディレクションに入社し経営コンサルティングに従事。その後、株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、取締役・執行役員としてソーシャルゲーム事業、海外展開、人事、経営企画・IRなど、事業部門からコーポレートまで幅広い領域を統括する。