『忘れられた日本人』『忘れられた日本人』
宮本常一 著
(岩波書店/1984年)

 本書は、民俗学の巨人である宮本常一(1907~81年)が、幕末~明治時代を生き抜いた老人たちから集めた聞き書きである。話し手は、農民、漁師、馬喰(ばくろう)、村の女性たちとさまざまで、遠い昔の風習や生業などが生き生きと語られている。

 日本全国を歩いた宮本の上手な導きで、集落の寄り合いや人付き合い、記憶に残る事件や男女の情愛にまで話は及ぶ。教訓めいた話などは一切なく、ただただ老人たちの話が続く。ほんの100年前まで、こんな日本があったのだと驚くと同時に、人間の欲望は変わっていないとの思いも抱く。

 電車の中では読みにくいようなエロ話も多いが、「どうやっても人間は生きていける」と妙な勇気が湧いてくる不思議な本だ。

(元衆議院法制局参事 吉田利宏)