日本史のおもしろさは、ずばり「人」にあります。
何か「すごい」ことを成しとげた人は、歴史に名前が残ります。でも「すごい」だけの人なんて、この世にひとりもいません。むしろ、ものすごい失敗をしたり、へんな行動をしたりして、まわりから「やばい」と思われているような人が、誰にもできない偉業をやってのけていることもあります。 だって、人生は長いのです。いい日も悪い日もあるし、年とともに変化だってあります。 いろんなことを考え、行動し、ときに失敗し、そこから学び、たまに成功する。カッコいい一面もあれば、ダサい弱点もある。
だからこそ、人はおもしろいのです!
「すごい」と「やばい」の二面から、日本史の人物の魅力に迫る『東大教授がおしえる やばい日本史』から、今回特別に内容を一部お届けします。

すごい伊達政宗 スペインと組んで江戸幕府を倒そうとする

 「独眼竜」というかっこいいよび名で知られる伊達政宗。「独眼」とは目がひとつという意味です。

 5才のときに病気で右目の視力を失ってしまった政宗は、いつもメソメソしていました。「このままではいけない」と事態を重く見た家臣の片倉小十郎は、政宗を押さえつけ、なんと右目の眼球を刀でえぐり出します! どう考えてもトラウマものの暴行ですが、政宗は「スッキリした!」とごきげんで、それから堂々とふるまうようになったそうです。

 18才で家を継いだ政宗は、周辺諸国との戦に連勝し、23才で奥州(東北地方)の3分の1の領土を手にしました。勢いにのった政宗は天下統一を目指しますが、豊臣秀吉に先をこされてしまいます。

 でも、政宗は秀吉が死んで江戸時代になっても天下取りの野望をすてず、当時だれもやっていなかったスペインとの貿易を利用して、幕府を倒そうと計画します。

 政宗は巨大な船を作り、家臣たち180人をスペインに派遣。予定ではスペインと軍事同盟を結んで大艦隊とともに帰国するはずでしたが、幕府がキリスト教禁止令を出してしまったため、同盟は失敗に終わります。

 夢は敗れたものの、決して逆境にめげない政宗は「生まれるのが20年早ければ天下人になれた」とたたえられるようになったのです。

伊達政宗が「裏切り」を繰りかえしても許された「やばい理由」とは? 「やばい」から日本の歴史が見えてくる。