同じ内容を伝えるにしても、魅力のある書き方ができれば、伝わり方も変わってきます。ここでは、さまざまな表現方法を使い分けることを学んでいきましょう。
「うまく書けない」「時間がかかる」「何が言いたいかわからないと言われてしまう」――そんな悩みを解消する書き方を新刊『人一倍時間がかかる人のためのすぐ書ける文章術 ムダのない大人の文章が書ける』から紹介していきます。

ストレスをなくす文章をつくる

問題:次の表現の意味は何でしょう?
無聊(ぶりょう)をかこつ
(1)見栄を張る
(2)退屈を嘆く
(3)何もしないのを責める
放縦(ほうじゅう)
(1)勝手気まま
(2)とらわれなく自由
(3)相手にせず無視

 現代文の大学入試問題を見ていると、「傍線部はどういうことか、わかりやすく説明しなさい」という問題がよくあります。

 入試に使われるのは硬質な文章ばかり。日本語で書いてあるはずなのに、一読ではわからないことも多いのです。それを解読し、自分の言葉で説明したり、同じ内容の選択肢を選んだりするのが、差の付く入試問題として成立しているわけです。

 上に挙げた二つの表現も、実際に大学入試に登場したものです。「無聊をかこつ」の正解は(2)で(センター試験2009年本試)、「放縦」の正解は(1)です(早稲田大学文化構想学部2014年)。どうでしょうか。2問とも正解できたでしょうか。私が教えているのは難関大学を目指す高校生ですが、なかなか2問ともできる生徒はいません。

 ちなみに、東大入試の国語(文系)の場合、大問4つで試験時間は150分間。現代文の大問一つに約60分間を費やして、じっくりと向き合います。

 入試はどうしても点数を取らなくてはならないものですし、大学に入って、専門的な研究にアクセスするためには、難解な文章も読みこなす必要があります。どうしても必要な読解力なので、受験生たちは必死に格闘するわけです。

 日常で文章を読むときは──なかなかそうはいきませんね。

 自分が読み手に回っているときのことを想像してください。文章を「精読」する機会はあるでしょうか。ほとんどないのではないでしょうか。スマホでどんどん画面をスクロールする。ブラウザで記事を開いて、ピンと来なかったらすぐ閉じる。仕事上の文章も、ざっと目を通す程度で、2度以上読むことはないように思います。

 そんな読解環境の中、文章を書くうえで一番意識したいのは「リーダビリティー(Readability)」です。読みやすさ。読むうえでのストレスのなさです。

 ブラウザの「戻る」や「×ボタン」(閉じるボタン)を押されたら終わりですからね。引っかかる点のないよう、スムーズに読めるよう書くことが重要です。

 読みやすい文章のイメージは、ラジオのDJです。DJの話しぶりは、耳に心地よいですよね。抵抗なく、すっと入ってくる感じ。あの口調の文章版を目指したいところです。

 以前、私があるラジオ番組にお邪魔した際、ラジオのプロフェッショナルの実力を実感したことがありました。

 緊急のニュース原稿が手渡されたのですが、それは、
「小田急線が沿線火災で運転見合わせ」
という原稿でした。その方は、
「小田急線の線路近くで火災があり、その影響で運転を見合わせています」
と読みました。

 ラジオの聞き手に配慮したのです。「沿線火災」は耳で聞くと、すぐには理解しづらいでしょう。それで、「線路近くで火災があり」と表現を改めたわけです。

 このように、熟語表現を和語の表現に改めることを「開く」といいます。

「開く」を意識し、文章を書くようにすると、やさしく読みやすい文章が書けます。あらたまった挨拶の際にはあえて難しい表現を選ぶこともありますが、日頃やり取りするメールや幅広い人に読まれる文章は、平易になるよう開いたほうが親切です。

 これは自身でゼロから文章を書くときも、引き継がれたものを書き改める場合も同じです。難解な熟語があれば、やさしい表現に開いていきましょう。

金額の多寡(たか)にかかわらず → 金額が多くても少なくても
事実を歪曲(わいきょく)するな → 事実を曲げてはいけない
理解に齟齬(そご)がないよう  → 理解にずれがないよう

 また、開くべきなのは、難解な熟語だけではありません。専門用語の連発も読み手を遠ざけてしまいます。

 専門用語をちりばめた文章は、どうしても自分の知識をひけらかしているかのように見えます。自慢気で鼻につくので、業界用語や社内用語など、内輪でしか通じない用語を使うのも、それ以外の人を引かせてしまいます。

 そのことを逆手に取った面白いコンテンツがあります。西島知宏さんの【広告用語で「鶴の恩返し」を読んでみた】です。

むかしむかし、あるところにM3、F3のおじいさんとおばあさんがWin-Winの関係を築いていました。
http://www.machikado-creative.jp/planning/2172/(2015.01.27公開)

 M3は50歳以上男性、F3は50歳以上女性を指す、広告業界の専門用語です。

 Win-Winの関係は、両者にメリットがあることをいうビジネス用語です。こうした用語が、それと最も遠いと言っていい昔話と組み合わされたことで、皮肉なおかしさを生みました。

 これはあえて面白みをねらった文章ですが、無意識の内にこうした文体になって、読者を遠ざけてしまっている文章はよく見かけます。

 業界人にとっては、当たり前になっている用語も、外の人にとっては馴染みがないことが多いものです。そうした単語が複数目に入っただけで、パンフレットを閉じてしまう人がいることを意識して、使う用語を調整しましょう。

 知性とは、難しい文章を書くことではないのです。読み手に知識自慢をしても仕方ありません。相手に合わせ、相手にとって親切な文章を書けることが真の知性です。

「むずかしいことをやさしく」――劇作家の井上ひさしさんの言葉です。いつも胸に留めておきたいものです。