日本では年末の風物詩ともいえるベートーヴェンの「第9」(交響曲第9番)。“よろこびの歌”の大合唱を、みなさん一度は聴いたり目にしたことがあるのではないでしょうか。日本で非常に親しまれている曲ですが、実は海外では日本ほど頻繁に演奏されることがないそうです。ベートーヴェンは世界的にも人気の作曲家で演奏回数が多いというのに、なぜでしょうか?その制作秘話とともに紹介します。

「私たちは特にわが国の音楽ファンの願いを表明するものであります。なぜならベートーヴェンの名前と仕事は、芸術的理解力を有するあらゆる時代と国のものではありますが、それでもなお、目下のところでは、オーストリアはベートーヴェンを自分のものとして主張しうるものだからです。(略)そしてオーストリア国民は、モーツァルトとハイドンとベートーヴェンという、いわば音楽の国の崇高な象徴ともいうべき神聖な三位一体が、彼らの故国の土から生れたことを、喜こび、誇りにしております(略)願わくば、今年のうちにこの願いの実現を見ることができますように(※7)。」

 これは1824年、ウィーンの音楽愛好家らがベートーヴェンに宛てた嘆願書です。

海外では日本ほど頻繁に演奏されない!? ベートーヴェン「第9」の創作・初演秘話第9が初演されたケルントナートーア劇場

 当時、ウィーンでは扇動的な音楽への検閲が強まると同時に、軽薄な音楽に流行が移っていっていました。そういう風潮に嫌気がさしたベートーヴェンは、「交響曲第9番」をウィーンではなくベルリンで初演しようと計画を立てていました。それを知ったウィーンの音楽愛好家らが立ち上がり、初演はウィーンで! とベルリン公演を阻止すべく書かれたものです。この嘆願書を読んだベートーヴェンは「ほんとうにすばらしいことだ! 私は幸福だ!(※7)」と大変に感動した様子が記録に残っています。

 そして、「交響曲第9番」は同年5月7日、ウィーンのケルントナートーア劇場で初演され、割れんばかりの熱狂的な拍手がベートーヴェンに贈られました。しかし、耳が聞こえないベートーヴェンはお客さんに背を向けて指揮をしていて、終演後の大喝采にも気づかなかったようです。そこで、歌手の1人が、ベートーヴェンをくるりと客席に向かわせました。すると、お客さんたちは、耳が聞こえないベートーヴェンを気遣い、みなハンカチを振って感動を伝えました

 それを見たベートーヴェンは、ひどく感激したようです。でも実は、その演奏会の収入が思ったよりかなり少なくてショックで1日寝込んだ、という後日談もあるのですが。