部署異動や転勤、中途入社、就活、インターンシップなど、新しい人間関係の中でのコミュニケーションで悩む人が急増している。
特に多いのが、「それほど親しくない人と話すのが苦手で困っている」という人。
仕事の業務連絡など、目的や意味のある話ならできるけれど、何気ない会話となると、どうしていいのかわからない。しかも、これからは忘年会などもあり、なれない人たちと仕事以外の話題で「場をつなぐ」機会は増える一方だ。
そんななか、雑談力が今、再び注目を集めている。いまや雑談力は「社会に出てから身につけるべき必須スキル」と言われ、エクセル操作と同じく、学んで身につけるものだという認識が浸透しつつある。
なぜ今、雑談力が必要とされるのか。「コミュニケーションのバイブル」として、多くの人たちに読まれ続けている、シリーズ50万部超えのベストセラー『雑談力が上がる話し方』の著者である明治大学齋藤孝先生が、すぐに実践できる「雑談のコツ」について解説する。(まとめ/編集部 初出:2018年11月23日)

雑談する女性沈黙は怖いけれど、何を話していいかわからないと悩む人は多い。

「沈黙は怖い。でも雑談は苦手」な人、急増中

エレベーターに乗ったら、時々見かける同じマンションの住人がいました。
「お、おはようございます」
すかさずあなたも、
「あ、おはようございます」
そして、そのまま下を向いて携帯電話の画面を見るフリ。
なぜなら、そのあとの会話が続かないから……。

こんな悩みを持つ人、多いのではないでしょうか。
私の教え子の大学生たちも、こうした悩みを抱えています。
いや、正直に言えば、思春期の私もそうでした。

実は、今まで紹介した場面で発揮するものは、トーク術ではありません
雑談をする力。相手との距離を縮め、場の空気をつかむことです。
そしてここで忘れてはいけないのが、話し上手と雑談上手は違うということです。

雑談力に対する、よくいわれる2つの誤解

雑談についてよくいわれる2つの誤解があります。

(1)初対面の人やあまり親しくない人と、何を話していいのかわからない
(2)雑談なんて意味がないし、する必要なんてない。時間のムダ

(1)については、先ほど述べたとおり。必要なのは会話力ではなくコミュニケーション力。それもちょっとしたルールや方法を知り、やってみるだけで、誰でも身につくものなのです。口下手な人、シャイな人、安心してください。やり方はこのあとご紹介します。

たった30秒で、あなたという人間が見破られている!

困った! 会話が続かないときの「雑談力が上がる話し方」のコツ【書籍オンライン編集部セレクション】齋藤 孝(さいとう・たかし)
1960年、静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て、明治大学文学部教授。専攻は教育学、身体論、コミュニケーション論。テレビ、ラジオ、講演等、多方面で活躍。
著書は『声に出して読みたい日本語』(草思社)、『読書力』『コミュニケーション力』(岩波新書)、『現代語訳 学問のすすめ』(ちくま新書)、『質問力』(ちくま文庫)、『語彙力こそが教養である』(角川新書)、『雑談力が上がる話し方』『雑談力が上がる大事典』『会話がはずむ雑談力』(ダイヤモンド社)など多数ある。撮影/佐久間ナオヒト

「雑談は意味がない、時間のムダ」と言う人に、もうひとつお話ししたいことがあります。

雑談というのは、あなた自身の人間性とか人格とか社会性といったものがすべて凝縮されている。そしてその「すべて」をたった30秒の何気ない会話の中で見破られてしまっているということです。

ある人に「いやぁ~今日は久しぶりにいいお天気ですね」と、話しかけたとします。

そのとき、「なんでそんなことを聞くんですか?」「だから何なんですか?」と雑談を拒むようなとげとげしい返事をされたら「あれ、この人は危ないから離れよう」とか、「なぜ自分への敵意をむき出しにするんだろう」などと感じます。

無視されたら、重苦しい空気に耐えられないでしょう。

こうやって私たちは、無意識のうちに、この人に近づいていいのかどうかを、雑談という“リトマス試験紙”を使って瞬時に判断しているのです。

とはいっても、精神的に不安定なときなどは、日々の受け答えがとげとげしくなったり、変にぎこちなくなったりします。そこで「気まずい空気を相手が感じてるな」とわかっている分には、まだいいんです。問題なのは、それさえ感じないとき。

要するに、相手との関係性を持たないほうが普通は苦しくなるのだけれど、それを持つという発想がないとか、「持たなくても大丈夫ですから」とかいうふうになったとき。そういう人に対して、私たちは「あの人は社会性に欠けてるな」という感じを得るのです。

逆に、何気ない会話を心地よく進められる人、場の空気を一瞬で和ませることができる人だったら……。

ピエール・ブルデューというフランスの社会学者は、「面接などでリラックスして人と打ちとけて話せるということ自体、すごい。非常に高い能力だ」と言っています。

そしてその高い能力を身につけるのは、人間関係が豊かな環境で育った家の子のほうが有利だと。つまり、その人が豊かな人間関係の中で育ってきたんだということや、人格的な安定感のあることが雑談から伝わってくるということ。

初対面の人同士でもリラックスして雑談できるような精神の安定感を持っている、すなわち社会性がある。そこまでのことが30秒で見破られてしまうというわけです。

先ほど、雑談は単なる話術ではないと言いました。あなたが人から信頼され、人に安心感を与え、社会性がある人だと評価される。そしてそこから気持ちのいい関係性やつながりに発展したり、もっと言えば多くの人から愛されたり、仕事などでは大きなチャンスを得ることもある。

たった30秒のムダ話には、そのような大事な意味があることを忘れないでください。

雑談力が上がる話し方のコツ

人と会ったらあいさつをする、これは最低限のマナー。
友人知人、仕事関係で付き合いのある人、通りすがりの顔見知り、まったくの初対面の人……。相手はさまざまですが、朝会えば「おはようございます」、昼間会えば「こんにちは」、初対面なら「初めまして」などなど。

人と話すのが苦手という人でも、あいさつぐらいはできるでしょう。
いえ、社会人ならできて当たり前です。

あいさつは、雑談をするための絶好のキッカケになります。

ただ注意してほしいのは、あくまでも「キッカケ」だという点。
つまり「あいさつ=雑談」ではないのです。

いつもの、型どおりのあいさつが「雑談」に成長・成立するかどうかは、あいさつを交わした「あと」に、かかっています。

あいさつプラスαです。

ただあいさつが、ほんのひと言で雑談になる!

朝、出勤時に近所の人とすれ違ったとしましょう。
最初はもちろん「おはようございます」とあいさつ。
さて、ここからです。あいさつのほかにひと言、ちょっとした話題を付け加えてみましょう。

何でもいい、そのときにたまたま目についたことでも構いません。

たとえば……、「あれ、ここの店、改装中になってますね」といった感じで、ひと言プラスしてみます。すると……。「ああ、来週、新しい居酒屋がオープンするらしいですよ」と相手の言葉が返ってきます。

「また若者向けのチェーン店ですかね?」
「どうでしょう。静かに飲める店のほうがいいんですけどね」
「開店したら、一度は様子を見に行かなきゃ」
「じゃあ、そのときはご一緒に」
「いいですね、ぜひ」

これだけで、ただのあいさつが「雑談」になりました。

あいさつのあとで交わす、プラスαのほんの少しのやりとり。時間にして5~10秒程度でしょうか。でもこの、たった5秒、プラスαの、あいさつ以外の言葉があるだけで、お互いの相手に対する感情は大きく変わってきます。

気持ちが打ちとけて、「あの人は感じがいい人だ」となるものなのです。

いつも型どおりのあいさつしかしない相手と、短くてもこうした雑談をしたことのある相手というのは、その人の中で自然にポジションが変わってきます。それが人情というもの。

雑談を交わすことで、それまでの「顔見知り」が、それ以上の存在になります。

相手に対する安心感・信頼感さえ覚えることも。ひと言足すことで、相手からももうひと言返ってくる。あいさつを交わしたあとの些細なやりとりが雑談であり、コミュニケーションにおいても非常に重要な意味を持ちます。あいさつプラスα。もっとも簡単で誰もが始めやすい雑談の基本スタイルです。