おじさん的「人脈力」がほぼ無意味になった理由

近年、テクノロジーの発展によって世の中のコミュニケーションの速度や広がり方が急速に変わってきている。2018年はそんな「変化」の速度が一段と増したことを実感するような1年だった。
そんな中、成功に必要なスキルセットが根本的に変わったことを鮮やかに示して世界的に話題になっている本がある。
『NEW POWER これからの世界の「新しい力」を手に入れろ』だ。世界の変化のあり方を「ニューパワー」と「オールドパワー」という枠組みですくいとり、米ニューヨーク・タイムズ紙、英フィナンシャル・タイムズ紙など各国メディアで絶賛されている世界的ベストセラーだ。
これまでのビジネス界においては、付き合いゴルフなど泥臭くさまざまな場所に顔を出して、影響力のある人たちとの人脈をどんどん広げられること、つまりはおじさん的な「人脈力」を持っていることこそが成功するための条件のひとつとして大きな役割を果たしていた。
だが本書によると、いまやそんな旧来の人脈力よりも、情報を拡散したり、人を巻き込んだりするためのスキルこそが重要になってきているという。以下、『NEW POWER』から、そんな新しいスキルと古いスキルについて明快に読み解かれている部分を紹介したい。これからの時代に身につけるべきスキルは何なのか、ぜひ一読をお勧めする。

身につけるべきスキルが変わってしまった

 いまの世界で資金を調達するには、収益を上げる、寄付を募る、出資や融資を受けるなど、どんな手段を使うにせよ、20世紀に通用したスキルとは異なる新しいスキルを身につける必要がある。ではここで、少し過去を振り返ってみよう。

 本書の著者、ジェレミーの父、フランクは、オーストラリアで独立系ドキュメンタリー映画制作者として活躍してきた。映画をつくるには詳細な企画書を書き(プレゼン用動画をつくるのはあまりに費用が高かった)、出資してくれる政府機関の上層部に人脈をつくり、不条理な官僚システムにおとなしく従い、あとはひたすら成功を祈って、沙汰を待つしかなかった。

 もうひとりの著者、ヘンリーの母、ダイアンは、イギリスで児童書の挿絵画家として活躍してきた。彼女の資金調達のツールは、作品集(ポートフォリオ)名刺ホルダーだった。

 ポートフォリオを見せれば、熟練した技術や作品の幅広さを伝えられるし、どんな出版社から作品が出ているか、実績を示すことができる。

 名刺ホルダーは「ロンドンでの大事な打ち合わせ」にこぎつけるために欠かせなかった。うまくいけば、編集者にゴーサインをもらえるかもしれない。まさに稼ぎに直結していた。ときには相手が「イエス」と言うまで、理由もろくに説明してもらえずに、何度も手直しを要求されることもあった。

 どちらの世界も、仕事で重要な人間関係はせいぜい数十人程度だろう。

 成功するには、複雑で官僚的な物事の進め方に精通しておく必要があった。大きくものを言うのは、有力者の後ろ盾を獲得すること(決して機嫌を損ねてはならない)。経歴もきわめて重要だ。しかるべき学校で学び、きちんと"お勤め”を果たさなければ、道はとうてい開けない。そして、ついに認められたら、ライバルたちを締め出そうと必死になる。

 ところが現在では、ゲーム制作のような巨大なプロジェクトであれ、ひざ関節の手術を行うための小規模な募金活動であれ、新しい資金調達のスキルが登場している。

 以下の図が、その概要だ。

「ニューパワー」の資金調達スキルこれからの時代のビジネスでは、新しいスキルが求められている(『NEW POWER これからの世界の「新しい力」を手に入れろ』より)

 列挙すると、成功をつかむためのオールドパワーのスキルは、「昔ながらのセールストーク」「経歴と技術的な専門知識」「有力者の後ろ盾を手に入れる力」「複雑な官僚制のなかでうまくやっていく力」「豪華な特典や限定的な特典を用意する」

 ニューパワーは「誰にもわかりやすいストーリーテリング」「共感を引き出すパーソナルなナラティブ」「群衆とインフルエンサーを巻き込む力」「コミュニティの複雑な力関係のバランスを取る力」「参加特典をつくりだす」

 もちろん、オールドパワーの資金調達スキルや人脈は、いまでも機能しなくはない。女性や非白人、あるいは非名門大学の出身者がシリコンバレーで資金集めをする場合は、なおさらだ。

 だが新しいスキルを習得すれば、閉鎖的で後ろ盾が必要なシステムをすり抜ける方法が見つかる。

 そして実際、そういうスキルを習得した人たちが、映画の制作を実現したり、事業を拡大したり、さまざまな経済的価値を得たりしている。本書で紹介するとおり、ビールの販売でさえ成功するのだ。

(以上は『NEW POWER これからの世界の「新しい力」を手に入れろ』からの抜粋です)

「人脈力」よりも「巻き込み力」が重要になっている

 他にも本書では、たとえば「MeTooムーブメント」がニューパワーの好例として紹介されている(本書からの抜粋記事「超SNS時代に『今の一流』が落ちぶれる理由」を参照)。

 これまでハリウッドではハーヴェイ・ワインスタインをはじめとする有力プロデューサーとのコネクションをつくることが成功の絶対条件であり、そうした業界の大立者に逆らうことは不可能だったが、いまやSNSを使えば、そんな権力者に対抗するための仲間を一瞬で見つけることができる、という事例だ。

 ここでも必要なのは「人脈力」よりも、情報を拡散させるスキルや、共感してもらったり多くの人を巻き込んだりするためのスキルだ。

 従来型の人脈やコネがなくても、いまではSNSによって、従来では考えられない数の人間とつながることができる。問題は、そうした「ゆるいつながり」を力に変えるにはどうすればいいか、だ。

 たとえばそんなテクニックの一例として、本書では「ACE原則」というものを挙げている。アクショナブル、コネクテッド、エクステンシブルの3つだ。味方をつくったり、情報を拡散したりしたければ、見せ方を工夫して、「行動」をうながし、「つながり」を生み、「拡張性」があるアイデアにする必要があるという。

 その他、ニューパワーの時代に影響力や権力を身につけるにはどうすべきかということを、本書ではドナルド・トランプから、NASA、ウーバー、エアビーアンドビー、全米ライフル協会、ローマ教皇等々といったありとあらゆるバリエーションの具体例をわかりやすく整理しながら解説している。ぜひ参考にしてみてほしい。

ジェレミー・ハイマンズ(JEREMY HEIMANS)
ニューヨークに本拠を置き、世界中で21世紀型ムーブメントを展開する「パーパス」の共同創設者兼CEO。「ゲットアップ」共同創設者。194ヵ国、4800万人以上のメンバーを持つ世界最大規模のオンラインコミュニティ「アヴァース」共同創設者。ハーバード大学、シドニー大学で学び、マッキンゼー・アンド・カンパニーで戦略コンサルタント、オックスフォード大学で研究員を経て現職。世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」、世界電子政府フォーラム「インターネットと政界を変える10人」、ガーディアン紙「サステナビリティに関する全米最有力発言者10人」、ファスト・カンパニー誌「ビジネス分野でもっともクリエイティブな人材」、フォード財団「75周年ビジョナリー・アワード」などに選出。ヘンリー・ティムズと共にハーバード・ビジネス・レビュー誌に寄稿したニューパワーに関する論文は、同テーマのTEDトークが年間トップトークの1つになり、CNNの「世界を変えるトップ10アイデア」に選ばれるなど大きな話題となった。

ヘンリー・ティムズ(HENRY TIMMS)
マンハッタンで144年の歴史を持ちながら、ファスト・カンパニー誌「もっともイノベーティブな企業」リストに入る「92ストリートY」の社長兼CEO。約100か国を巻き込み、1億ドル以上の資金収集に成功した「ギビング・チューズデー」の共同創始者。スタンフォード大学フィランソロピー・シビルソサエティ・センター客員研究員。世界経済フォーラム・グローバルアジェンダ会議メンバー。

神崎朗子(かんざき・あきこ)
翻訳家。上智大学文学部英文学科卒業。おもな訳書に『やり抜く力』(ダイヤモンド社)、『スタンフォードの自分を変える教室』『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』『フランス人は10着しか服を持たない』(以上、大和書房)、『食事のせいで、死なないために(病気別編・食材別編)』(NHK出版)、『Beyond the Label(ビヨンド・ザ・ラベル)』(ハーパーコリンズ・ジャパン)などがある。