「おもしろおかしく」というユニークな社是を掲げる堀場製作所(以下ホリバ)は、「ほんまもん」のグローバル経営へ駆け上ろうとしている。世界トップシェアの分析・計測機器で知られる同社は、技術の変化を先取りして成長してきた。

 根底には「おもしろおかしく」のスピリットがある。1971年に大阪証券取引所への上場を機に、創業者の堀場雅夫氏(日本の学生ベンチャー第1号)が、みずからの経営フィロソフィーである「おもしろおかしく」を社是にしたいと社内で提案した時、「普段はヨイショの意見しか言わんくせに」(雅夫氏)、役員全員が猛反対。正式に社是となるまで7年の歳月を要した。

 難しいことに挑戦し、働くことをおもしろがって追求してこそ、人も会社も成長する――というのが本来の趣旨。それでも「吉本興業じゃあるまいし、もっと真面目な社是に」という批判もあったが、嫡男で3代目社長となった堀場厚氏は、「おもしろおかしくなければ、独創的な発想は生まれない。仕事のための仕事ではなく、自分の想いで働くことが革新を生む原動力となる」として、海外向けにも英訳。「JOY&FUN」を大きく打ち出した。

 そのフィロソフィーがエキサイティングだと海外でも受け入れられ、感銘を受けたフランスやドイツの企業から、「傘下に入りたい」と買収を逆提案される〝おもしろい〟現象まで生まれた。

 厚氏が社長に就任して以来、26年。この間に、売上げは5倍、営業利益は9倍となり、過去最高の業績を更新中である。しかも、売上げ・従業員数ともに海外比率が全体の7割近いグローバル企業に成長した。

 今年(2018年)1月、厚氏は社長のバトンを足立正之氏に託し、みずからは会長兼グループCEOとして、副会長兼グループCOOの齊藤壽一氏とともに、グローバル経営の次のステップへ舵を切った。それは「技術の潮目が変わる」時代にグローバル化の新次元を駆け上るための、「タイミング・スピード・継続」の3点セットをゆるがせにしない決断だった。

 景気変動とテクノロジーの大転換という荒波に立ち向かう新鋭「びわこ工場(注1)」で、京都発グローバル企業の成功の要諦と次の一手を、縦横に語ってもらった。

注1)正式名称は「HORIBA BIWAKO E-HARBOR」。約120億円を投資して2016年完成。船をコンセプトにつくられた10階建ての巨艦工場は、未来の航路を拓く技術拠点であり、世界のホリバグループを牽引していく母港と位置付けられている。

「技術の遷宮」を
やろうと決めた理由

編集部(以下青文字):このびわこ工場は、日本一の湖に停泊して、これから世界へ出航する巨大な船のようです。「Eハーバー」と名付け、〝母港〟であるともされています。そこには変化の荒海を乗り越えていくという、強烈な意志と狙いが込められていますか。

堀場(以下略):そうですね、一言で言えば、おもしろおかしく、ほんまもんであり続けることを追求したいのです。ほんまもんでなければ、これからの時代には通用しませんから。

おもしろおかしく、ほんまもんを追求する【前編】
堀場製作所 代表取締役会長兼グループCEO
堀場 厚
ATSUSHI HORIBA
1948年生まれ。1971年甲南大学理学部卒業後、渡米し、オルソン・ホリバに入社。1972〜1973年はホリバ・インターナショナル、1973〜1977年はホリバ・インスツルメンツに所属。1977年カリフォルニア大学大学院工学部電子工学科修了後、帰国し、堀場製作所海外技術部長に就任。取締役 海外本部長、専務取締役 営業本部長などを経て、1992年に代表取締役社長に。25年社長を務めたのち退任し、代表取締役会長兼グループCEO(現職)。グローバル経営の新次元を駆け上るため、社長のバトンを足立正之氏に託し、副会長兼グループCOOの齊藤壽一氏とともに、ホリバ流「ほんまもん」のものづくりを世界中で進めている。

 このEハーバーは、ホリバが世界シェアの80%を有するエンジン排ガス測定装置をはじめとする自動車計測システムと、地球環境保全の分析・計測システムの生産・開発拠点ですが、EVや自動運転の実用化が進む自動車産業に象徴されるように、いまは技術が大きく変わる潮目にあります。

 もう一度、ホリバが持つ技術の本質をとらえ直し、より深めるとともに、新しい時代に適応した技術やソフト、サービスを取り込み、ほんまもんに仕立て上げないと生き残ることはできません。この拠点も2年前のちょうどいいタイミングで本格稼働し、期待以上の成果を上げています。やはり、経営というのは〝場づくり〟であり、命令だけでは人は動きませんが、場をつくると、人は動いてくれるのです。

 120億円という巨額の投資をいとわず、場をつくられたわけですね。

「殿ご乱心」と言われましたよ(笑)。もともとこの工場の新設は、いまから6〜7年ほど前、1ドル79円くらいの超円高時代に決心しました。そんな時期に日本国内に大きな工場をつくるなんて、経営の常識に反しますからね。

 でも、私が考えていたのは「会社創設(注2)から60周年を迎えたタイミングで、ベテラン技術者たちのノウハウをいかに伝承していくか」というテーマでした。彼らが手書きでまとめてくれた技術ノウハウ集を見ながら、「これが若い世代にきちんと伝わっているのだろうか」と、とても不安になりました。

 ちょうどその頃、京都・下鴨神社で行われる流鏑馬(やぶさめ)(注3)という神事でお役目をさせていただきました。下鴨神社でも伊勢神宮と同じように、約20年ごとに式年遷宮をしています。60歳代の宮大工の棟梁の下、40歳代のベテラン、20歳代の若い大工さんたちが働いていて、技術を伝承していくために平安時代から延々と式年遷宮が続けられ、現在につながっているわけです。建物だけではなく、衣装や装束まで新しくするという話も伺いました。技術とともに暗黙知を伝え、新たに生まれ変わる――そのために遷宮があるのだと現地で感じ入りました。

注2)堀場雅夫氏が堀場無線研究所を創業したのは1945年、堀場製作所の会社創設は1953年。

注3)狩装束姿の射手が、走る馬上から的を射る行事。葵祭の安全を祈願し、沿道を祓い清めるために行われる。