米国は景気拡大の終盤にあり、株価が調整色を見せ、ドル円も今後2年は下降サイクルとの見立てから、昨年後半以降、株やドルの買いポジションの削減を推奨した。ただ、今後数ヵ月は、相場がいったん持ち直しやすいとみる。

 相場反転の初期エネルギーは、それまでのトレンドに沿って積み上がったポジションの大きさから推し量る。

 近年のドル円相場反転時の事例を下図で確認しよう。

(1)2005~07年の米日金利差拡大を背景にした空前のドル買いが、米金融不安で巻き戻し。

(2)米金融危機を経て5年ものドル円下落に沿った空前のドル売りが、12年末から米景気回復とアベノミクスを受けて巻き戻し。

(3)(2)の延長線上で積まれた巨額のドル買いが、16年初の米景気減速で巻き戻し。

(4)ドル円の90円台突入に備えるドル売りがほどほどに積み上がった後、米トランプ政権誕生でのリフレ政策期待で16年末に巻き戻し。

(5)トランプ減税をはやしたドル買いが、債券金利急上昇を嫌気した株価急落で17年末に巻き戻し。

(6)(5)に北朝鮮などリスクオフ要因が重なってつくられた若干のドル売りが18年春に巻き戻し。

(7)慎重に再構築された若干のドル買いが、米株価下落、景気先行き不安で18年末に巻き戻し。

 相場反転のばねとなる敏感なポジションは、空前の規模だった(1)(2)から、(3)~(5)は段階的に減り、(6)(7)は控えめと判断される。かつて米景気が鈍ると、日本の輸出企業、生命保険会社など投資家がドル売りを急ぎ、円高を加速させた。しかし近年、日本の貿易収支はほぼトントンで、輸出企業のドル売りにかつての影響力はない。為替投資の中核は、企業の海外直接投資と年金基金となり、ドル円が下落してもほぼ巻き戻されない。

 つまり、今回ドル円自体の下振れのばねは大きくない。ただ、別のばねの肥大化が懸念される。10年間上昇基調にあった米株式、この株高を支えるほどの金融緩和が膨張させた企業債務だ。昨年来、米株安と債務コスト上昇の悪循環を、ドル円をも下落に巻き込むリスクとして注意を呼び掛けている。

 小さな光明は、米株安がAI(人工知能)取引等の影響で早まり、FRB(米連邦準備制度理事会)のハト派傾斜、米政権の対中国圧力緩和を促しつつあること。米金利は景気中立水準以下にとどまり、株安と債務コスト上昇の悪循環も小休止することで今後数ヵ月に株価もドル円も持ち直す目がある。

 それでも、米経済は既に完全雇用に近く、伸びしろは限られる。再び景気と株価が堅調となれば、早晩利上げ再開が株価を返り討ちしよう。相場の戻り余地は限られ、中国減速など下方リスクは相対的に大きいままくすぶる。ドル円の110円台では、新規買いは短期勝負に徹し、基本は既存の買いポジションを減らす場面と考える。

(田中泰輔リサーチ代表 田中泰輔)