ドル円は、104円台への急落を経て、110円超を回復した。今後数ヵ月、短期投資家には買い場もあろうが、中長期投資家にはドルの買い持ちを減らす場面とした2月16日号本欄の見方は変わらない。

 昨年後半、米長期金利が景気中立である3%に絡んだあたりから、株安からのドル円反落を警戒した。9年もの米株高トレンドで買い持ちが膨らんだこと、AI(人工知能)取引が増えたことで、相場反落が早まるリスクを注視した。

 そのリスクが現実になり、株価急落が、FRB(米連邦準備制度理事会)をハト派(金融緩和的な姿勢)に変え、米政権の対中国強硬姿勢を慎重にさせた。金利は景気中立水準以下に戻り、「株安→債務コスト上昇→景気悪化」の急転直下は回避され、ドル円にも回復の猶予が生じると判断した。

 もっとも、米景気はすでに完全雇用で終盤にある。景気が堅調を保てば、FRBの利上げ再開が株価の戻りをたたく。伸びしろの少ない米景気に、中国・欧州の減速が影響するリスクも無視できない。米景気が自然と鈍るケースでも、金利・株価・ドルは下向こう。

 ドル円相場が小康する間に、大局的見地からの取り扱い方を確認しておきたい。長期では、経済が強い(生産性の伸びが大きい)国の通貨は実質で強く(図上参照)、低インフレ率国の通貨は名目で強くなる傾向がある(図中参照)。名目為替レートとは常日ごろ目にする相場、実質為替レートは内外インフレ格差分修正したものだ。

 この観点で、ドル円相場の長期トレンドは、1990年代半ば以降に日本の生産性が対米で劣勢となり実質円安、数十年一貫して米国より低いインフレ率を映して名目円高だ。円の主要通貨全体に対する実効為替レートも実質円安・名目円高基調にある(図下参照)。

 中期の円相場は、経常黒字を累積する対外債権国の通貨として、内外景況悪化で国際金融が鈍る局面に、資金繰りに窮する債務国通貨(ドルなど)に対して上昇する性質がある。本欄は「為替市場 透視眼鏡」だが、円は景況・市況悪化で敏感に上昇する「リスクに高感度の逆さレンズ」だ。円が自国通貨の日本人は、長期で「実質円安×名目円高」のトレンドに、中期の「景況悪化で円高」が重なるパズルを解く必要がある。

 ポイントは円安終盤の兆候でリスク資産の保有を減らし、円高後に再購入するタイミングを図ることと、外国の高い生産性に見合うリターンをきちんと払ってくれる資産を選別することに尽きる。逆さレンズの円眼鏡に目を慣らせば、世界の絶景をすっきり見通せる。

(田中泰輔リサーチ代表 田中泰輔)