「私たちの国には、ハンコもサインもないのよ。行政書類も契約書類にも、すべての書類にコンピューターを使って電子署名をするの」
これは、エストニアで出会ったある女性の言葉です。人口約130万の小国ながら、行政手続きの99%を自動化するなど「電子政府」としての基盤を確立しているエストニアでは、ハンコはもはや過去の「遺物」。ペーパーレス化が進み、認証もすべて電子化が進んだ結果、政府から民間レベルまで、コストの大幅削減や業務の効率化が大きく進んだだけでなく、人々の働き方やマインドに本質的な変化が起こったといいます。
そんなエストニアの現地を徹底取材し、孫泰蔵さんの監修で刊行された『ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけた つまらなくない未来』。今回、同著に登場する起業家たち3人に、改めてインタビューすることができました。
3人目となる今回は、電子契約プラットフォームを手がけるAgrello(アグレロ)のハンド・ランドCEOにインタビュー。19歳で司法試験を合格しながらも、ITの道を選んだエストニアの若き起業家が語る、「電子署名」がもたらす本質的な変化とは。(文:齋藤 アレックス 剛太)。

19歳で司法試験合格→リーガルテック起業のCEOが語る<br />「電子署名」がもたらす真のインパクトとは?ハンド・ランド (Hando Rand)
Agrello CEO。法律領域にバックグラウンドを持つ。19歳で司法試験に合格しながらも、「これからはブロックチェーン、スマートコントラクト、AIが弁護士の仕事を奪っていくだろう」と考え、弁護士になる道を捨て、リーガルテック・スタートアップのAgrelloを創業した。(撮影:小島健志)

ブロックチェーンは魔法のソリューションではない

――まずは自己紹介をお願いします。

 Agrello CEOのハンドです。Agrelloは、エストニアのようなペーパーレス社会を世界に普及させるべく、電子認証や電子契約のプラットフォームの開発・提供を行っています。メンバーの多くは法律領域のバックグラウンドを持っており、実際の現場で利用されるような実用的なサービスの提供を目指しています。

――近年リーガルテックの分野では、スマートコントラクトが話題です。Agrelloではスマートコントラクトや、それを支えるブロックチェーン技術、そして仮想通貨をどのように捉えられていますか?(編集部注:スマートコントラクトとは、政府の保証や第三者の介在がなくとも、契約が有効であることを証明し、より安全により早く契約が実行できる仕組みのこと(『つまらなくない未来』11ページより))

 エストニアは、よくブロックチェーンに絡めた文脈で語られますが、個人的にはブロックチェーンは神格化されすぎていると思っています。技術的には、ブロックチェーンはデータベースモデルのひとつでしかなく、すべての課題を解決できるような魔法のソリューションではありません。

 スマートコントラクト技術の活用については、もちろん我々も視野にいれています。ですが、それ自体が目的になることはありませんし、事実、スマートコントラクトの代表的なプラットフォームであるイーサリアムはスケーラビリティの面で課題を抱えており、現状のビジネスシーンには適用できないと考えています。

 何より、仮想通貨とブロックチェーンのアイデアはまったく異なるものです。ブロックチェーンの技術によって仮想通貨は成立すると私は理解しています。したがって、Agrelloはブロックチェーンのユースケースに注目しており、仮想通貨自体にはそこまで焦点を合わせていません。

 一方で、仮想通貨やトークンはコミュニティにおいて大きな役割を持つと考えていていることも事実です。たとえばライドシェアサービスのTaxifyやUberが、ドライバーにインセンティブを支払う用途として、トークンを活用することが考えられますよね。そういった未来を見据えて、我々Agrelloも独自トークンを発行しています。