発売1カ月で8万部突破のベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』――。去る5月某日、同書の出版記念イベントが、東京の「二子玉川 蔦屋家電」にて開催された。ゲストは『私鉄3.0 沿線人気NO.1・東急電鉄の戦略的ブランディング』の著者である、東急・執行役員の東浦亮典氏。
佐宗氏によれば、東急グループで数々の都市開発を手がけてきた東浦氏は、「VISION DRIVENな(=妄想駆動型の)思考法」の体現者なのだという。お二人の白熱したトークイベントを、全3回にわたってレポートする(第2回/全3回 構成:高関進)。

「安定した会社」でくすぶる人が、業績が傾いた途端「絶好調」になる理由

独自性を解放したほうが
「味方」が増える

佐宗邦威(以下、佐宗):東浦さんのように「妄想力」が豊かであるがゆえに、周囲の人には「まだ見えていないこと」が見えてしまう人は、企業が持続的に成長していくうえでは欠かせないと思います

しかし、そういう人材ほど、とくに若い頃なんかは、会社の仕組みに邪魔をされたり、従来の慣習を突破するのに苦労したりすることが多いと思うんですよね。

東浦さんはそのあたりをどうやって乗り越えられたんでしょうか? 会場にもいらっしゃる「若き妄想家」の方たちは、すごく知りたいことだと思うんです。

「安定した会社」でくすぶる人が、業績が傾いた途端「絶好調」になる理由東浦 亮典(とううら・りょうすけ)
東急電鉄執行役員
1961年東京生まれ。1985年に東京急行電鉄入社。自由が丘駅駅員、大井町線車掌研修を経て、都市開発部門に配属。その後一時、東急総合研究所出向。復職後、主に新規事業開発などを担当。
著者に『私鉄3.0――沿線人気NO.1・東急電鉄の戦略的ブランディング』(ワニブックスPLUS新書)がある。

東浦亮典(以下、東浦):うーん…そうですね……茶髪にしてみるとか……(笑)。

当時の東急電鉄は、というか、だいたいどこの会社もそうだったと思いますけど、みんなダークスーツにネクタイ姿があたり前でした。でも僕は若いころ、実際に茶髪でポロシャツでした。

佐宗:それはそうとう目立っていたでしょうね(笑)。

東浦:もちろん、怒られたり批判されたりもしました。でも、注目されるからこそ、僕よりも下の世代の若い連中が「兄貴分」みたいに慕ってくれたりもしましたね。

上の世代からは眉を顰められていたでしょうけど、どんどん実績を出していましたから、「あんなやつ、どうせどこかで失敗する。放っておこう」みたいなムードがあったと思います。

私も「好きなことができればいいや」と思って仕事をしてきたので、いまのような立場(執行役員)になるとは思っていませんでしたし、なりたいとも思っていませんでした。

ただ、自分なりの「絵」を描いて、それを提起したりしていると、社内の他部署や社外の人から「面白いやつがいるぞ」「ちょっと話を聞きたい」と言われるようになって、応援してくれる人が増えていきました。

佐宗:いまのはけっこう本質的なお話だと思います。というのは、独自性のあることを考えている個性的な人が、会社で「直属の上司」に認められる可能性って、非常に低いですよね。前職のソニーでは、これは!という研究やプロジェクトは、机の下で直属の上司には隠れてやり、トップマネジメントがきたときに見せるというのが定石でした。

東浦:ほぼないですよね。マッチング的にはものすごく確率が低い。そうなると「会社の外」とか「上司を飛び越えた役員クラス」とかいった解放系にならざるをえないんです。自分自身をオープンにすると、筋のいい人は必ず見てくれますから。

たとえば学校のクラスでも、非常に個性的な生徒がいたとして、その子と先生がうまくかみ合う可能性はかなり低いですよ。教師も上司もやはり型にはめようとしますからね。ですから、独自性を解放できるような環境をつくっていかないと、独自性とか個性は死んでしまう。

「安定した会社」でくすぶる人が、業績が傾いた途端「絶好調」になる理由

佐宗:東浦さんもかなり苦労されたのでは?

東浦:そうですね。とはいえ、そういった型に対する「反発心」みたいなものも、自分のエネルギーにもなっていたように思いますね。

不況を待望する(?)有事タイプの人間

東浦:東急電鉄に入るような人は、学生時代にもすごく優等生で頭の回転もよく、教えられたことは一度でこなせますから、それなりに10年もやっていれば課長補佐くらいにはなるんです。

ところがそういう「優秀な人」は、バブル崩壊やデジタル化の到来など、時代がガラッと変わったときに対応できない。僕の周りでも、壁にぶち当たって挫折したり、道を踏み外したりする人が多くいました。「真面目にやっていればいつか道が開ける」というルールだったのに、ゲームのやり方が完全に変わってしまうと、どうしていいかわからなくなるんですね。

「安定した会社」でくすぶる人が、業績が傾いた途端「絶好調」になる理由佐宗 邦威(さそう・くにたけ)
BIOTOPE代表。戦略デザイナー。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授。大学院大学至善館准教授
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科修了。P&G、ソニーなどを経て、共創型イノベーションファーム・BIOTOPEを起業。
著書に『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)などがある。

佐宗:それはすごくわかります。僕がソニーのグローバルマーケティング部門に入ったのは、リーマンショックが起きた直後で、いろいろな商品・部門の売上数字が軒並み25~30%ダウンというような状況でした。平井一夫さんが社長になって、「このままでは生き残れない」というメッセージを出したのもその頃です。

面白かったのが、こういう「解がない状況」に陥ったとき、社内でも「動ける人」と「動けない人」との差がはっきり出てきたことです。どちらかというと僕は、そういう状況だったからこそ縦横無尽に活躍できたという感覚があって、会社の売上がよかった時期には、あまり活躍できませんでした。

そのようなある種の「下克上」のようなものを目にできたことが大きな収穫でしたね。

東浦:まさにそうだと思います。「有事のリーダー」と「平時のリーダー」、2つのタイプのリーダーシップがあると言われたりもしますよね。

私自身もずっとパッとしない感じでしたが、バブルが崩壊した後から、逆に波に乗ってきた。要するに、不況で会社に閉塞感があればあるほど活躍できる。だから僕はずっと不況でいてほしいなと(笑)。

佐宗:「妄想」タイプの人は、どちらかというと不況待望論になるんでしょうか(笑)。これからの時代はそういう人が活躍する時代になるような気がします。

街を舞台に技術と絡めて妄想を繰り広げる

佐宗:クリエイティブな仕事をするとき、自然があってリラックスできる環境は意外に大事です。

僕の場合、都心にいすぎると新しいアイデアが出てこないですね。ですから、街づくりや都市計画なんかにおいても、「空白」や「スペース」って重要だと思います。

実際にこの2年ほど東急さんを中心に二子玉川流域の自治体や、企業、市民と多摩川流域エリアの参加型のビジョンづくりプロジェクト「TAMA X」のプロジェクトを始めているのですが、このプロジェクトは、都市の近くにある余白である多摩川というスペースを活用した新たなライフスタイルづくりをする実験をやっていこうとしています。

でも多摩川流域に豊富な自然をそのまま残すということではない。そうした自然のある地域のよさを保ちながら、ドローンや風力発電、自動運転など次世代の技術インフラをベースも組み込んでいく。そういうなかで働いたり、子育てをしたりできるようになればいいなと思っています。

東浦:たとえば次は5Gが来るということで、さまざまな勉強会が開かれていますが、ビルがたくさん建っている渋谷みたいなところだと、なかなか5Gの特性が生かしきれません。

しかし二子玉川みたいに邪魔するものがない、障壁のないところで5G環境が整えば、新しい社会実験は非常にやりやすいでしょう。

多摩川流域には富士通、NEC、キヤノンなど日本を代表する企業が軒を連ねており、一番先には羽田空港があります。そこまでを1つの経済圏にしてつなげていく。

以前は「羽田まで多摩川をホバークラフトで走り抜ける」という妄想をもっていましたが、あまりに音がうるさくて住宅地には不向きでした(笑)。あとは水陸両用バスとか人が乗れるドローンなど、技術によっていろいろな可能性が街の発展とからめて考えられるんです。

トップとのビジョンの共有が
実現化のカギとなる

佐宗:街づくりにはさまざまなステークホルダーがいて、自治体や国などは特に扱いに気をつけなければいけません。東浦さんはそういう人たちに妄想を伝え、動かしていくにはどんなことが大事だと思われます?

東浦:そこはけっこう苦労しているところです。幸いなことに東急沿線は無党派層、政治に関心がないのではなく、物事をフェアに考えられる知的な人が多く住んでいます。そういう方たちの投票行動には、しっかりと個性を持っている首長に票が集まるという特徴があります。

博報堂出身の長谷部渋谷区長、世田谷区の保坂区長、川崎市の福田市長など、それぞれの自治体の首長を見ても、かなり開明的な人です。

そうしたトップレベルの方々と日々、議論しながら、ビジョンを共有しています。現場の職員の方からは「前例がない!」など、やらない言い訳をされることも多いですが、首長がリーダーシップを発揮してくれるエリアでは、現場の人たちも柔軟に考えられるようになってきて、「1回やってみましょうか」と言ってくれるんです。

佐宗:何か大きなものを動かしていくとき大事なのは、トップに共感してもらうことです。上にいる若い人は、実現できない理由があるからやっていないだけで、ビジョンそのものをわかってくれる人は意外と多い。まずそんな彼らを握る。

「安定した会社」でくすぶる人が、業績が傾いた途端「絶好調」になる理由

東浦:それ以外にも、自治体職員の方々と一緒にワークショップをやったり、住民の皆さんとの討論会をやったりもします。刷り物やウェブをつくって「今の世の中はこうですよ」ということを発信して、啓発活動も行っています。それは東急の利益のためではなく、多くの人たちが本当に望んでいることをはっきりさせるためなんですよ。

佐宗:そうですね。実際に動かすときには、いろいろな人たちの協力が必要になりますから、コミュニティをつくるところから始めるのが成功の定石ですね。そうすると、いざというときに連鎖的に動く人が増えて、上と下が同期する、という経験を僕もしました。

トップ層にはビジョンを伝えて共感してもらいながら、現場レベルからのボトムアップの動きも同時に引き起こして、最終的にトンネルの両側がつなげる――そういうアプローチがいちばんだと思いますね。

(第3回へ続く)