個人・組織が持つ「妄想」を「ビジョン」に落とし込み、その「具現化」までを支援する「戦略デザイナー」のBIOTOPE代表・佐宗邦威さん――。ベストセラーとなった最新刊で注目を集める佐宗さんの対談シリーズ第5弾のお相手は、雑誌『美術手帖』で編集長を務める岩渕貞哉さん。
佐宗さんによれば、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』で展開される「ビジョン思考」という方法、アーティストが作品を生み出すときのプロセスに通じているという。そのメッセージを岩渕さんはどのように受け取ったのか? また、創刊60年以上の歴史を持ち、美術雑誌の世界で異彩を放つ同誌は、いまどんな「妄想」を持っているのか。(第2回/全3回 構成:高関進)

なぜ脳は、セザンヌの絵画を「動いている」と知覚するのか? 『美術手帖』編集長に聞く【岩渕貞哉×佐宗邦威 対談(2)】

■前回までの対談
マーケットを動かす「妄想家」がこっそりやっている「現実とのすり合わせ」とは?
【岩渕貞哉×佐宗邦威 対談(1)】
https://diamond.jp/articles/-/201034

マーケットインよりプロダクトアウト

岩渕貞哉(以下、岩渕) 『美術手帖』は僕たちが興味のある特集を組んで、それを面白がってくれる読者が一定数いてくれるから成立するというメディアであるのは間違いありません。何十万部、何百万部という数字を狙う雑誌ではありませんから、佐宗さんがP&Gで手がけられていたような消費財とはマーケティングのアプローチが根本的に違いますよね。
でも今回、佐宗さんの『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』を読んで改めて感じたのは、何百万人、何千万人といった大規模なマーケットを相手にするメーカーのような仕事でも、今の時代は、『美術手帖』のような手法が活きてくるということですね。

佐宗邦威(以下、佐宗) ありがとうございます。そこが岩渕さんに一番深く刺さったということでしょうか。

なぜ脳は、セザンヌの絵画を「動いている」と知覚するのか? 『美術手帖』編集長に聞く【岩渕貞哉×佐宗邦威 対談(2)】岩渕貞哉(いわぶち・ていや)
『美術手帖』編集長
1975年生まれ。1999年慶応義塾大学経済学部卒業。2002年美術出版社『美術手帖』編集部に入社。2007年に同誌副編集長、2008年に編集長に就任。2012年7月より同社編集部部長を兼任。書籍・別冊に『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ ガイドブック』(2006)、『瀬戸内国際芸術祭ガイドブック』(2010)、『村上隆完全読本1992-2012 美術手帖全記録』(2012)など。

岩渕 僕は「自分で表現する」とか「自分と向き合う」とかいったことは、決して得意なほうではありません。企画会議でも、自分の意見をガンガン主張するというよりは、メンバーから上がってきた意見をホワイトボードに書き留めながら、アイデアをまとめあげていくというようなやり方をすることが多いんです。
特集をつくる際にも、事前に最低限のリサーチはしていきますが、企画にはまとめずに、詳しい人に自分の関心を当てながら話を聞いていきます。そうやって何人かに取材しながら、自分の関心を突き詰め、白紙を埋めてまとめあげていくという感じです。

佐宗 大きなビジネスだとマーケットインとプロダクトアウト、両方のアプローチが必要ですが、岩渕さんの場合は明らかにマーケットインの発想ではないですよね。かといって、最初からご自身の中に明確な「妄想」があるわけでもない。いろいろな人への取材によって大量の情報をインプットし、自分のフィルタにかかってきたものをすくい上げる。そのプロセスのなかで、自分なりの「妄想」に気づくということをされているんだと思います。

岩渕 おっしゃるとおり、僕の場合、市場調査などにはなかなか興味を持てなくて(笑)。それがいまの自分の限界なのかもしれないのですが、『美術手帖』に関して言うと、マーケティングでいいものがつくれるとは思えないし、自分の探究心やモチベーションも高くならないんです。でも、佐宗さんの本を読んで、「それでいいんだ」と背中を押してもらったような感じがしました。「時代はプロダクトアウト的な方向に来ているのかもしれないな」と。