ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』が話題の山口周氏。山口氏が「アート」「美意識」に続く、新時代を生き抜くキーコンセプトをまとめたのが、『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』だ。
多くの企業が大規模な消費者調査を行い、それを統計的に分析し、結果的に金太郎飴のように似た「正解」が生まれる。しかし、いくら論理的に正しい解答でも、凡百な「正解」には価値がない。では、市場で貫通力を持つ、真に切っ先の鋭い製品やサービスを開発するにはどうすればいいのか?
切り替わった時代をしなやかに生き抜くために、「オールドタイプ」から「ニュータイプ」の思考・行動様式へのシフトを説く同書から、一部抜粋して特別公開する。

【山口周】アップルが市場調査を<br />やらないのに勝ち続けられる理由

【オールドタイプ】スケールを求めて市場におもねる
【ニュータイプ】自分がやりたいことにフォーカスを絞る

20世紀は「メディア」と「流通」が
ビジネスのあり方を決めた

狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入るものが多い(*1)。――新約聖書

*1 新約聖書マタイによる福音書第7章13節。

 18世紀の産業革命以来、「強いビジネス」とはすなわち「大きなビジネス」のことでした。

 巨大な資金によって垂直統合型のビジネスモデルを構築し、大量生産したものを巨額の広告費をかけて広範な流通網で売りさばく、という暴力的なビジネスこそが常に勝者であり、資金を集められないもの、大量に生産できないもの、巨額の広告費を捻出できないものは、日陰で細々と生きていくしかありませんでした。

 そのような時代を長らく過ごした私たちは、スケールこそがビジネスにおける成功のカギだということを刷り込まれてしまっています。

 しかし今日に至って、かつてスケールがもたらしてくれたメリットの数々は縮小・消失しており、場合によってはむしろ競争力を削ぐ要因となりつつあります。

 この変化を促進している最大の要因がメディアと流通の変化です。20世紀の後半にインターネットが普及するまで、サービスや商品を世の中に告知するためには、新聞やテレビなどのマスメディアに頼らざるを得ませんでした。

 これらのメディアはきめ細かなターゲット設定には向いておらず、必然的に多数派となる大衆の好みそうな商品やサービスを開発し、それをテレビや新聞などのマスメディアを通じて告知し、巨大な流通機構を通じて販売するというモデルに行き着かざるを得ませんでした。

 これはつまり、マーケティングの手段でしかない広告や流通の枠組みが、商品やサービスのありようを規定していた、ということです。

 従来、マーケティングの2大パラダイムとされてきたものに「プロダクトアウト」と「マーケットイン」という概念があります。

 前者が初期のフォードに代表される、大量に作って大量に売る「先に製品ありき」の考え方に根ざしているのに対して、後者はそれに対するアンチテーゼとして、市場のニーズや欲求を精密にスキャンして顧客のニーズに応える「先に顧客ありき」という態度から生まれてきた考え方と捉えられています。

 ところが、20世紀後半において支配的になったマーケティング計画作成のプロセスをよく見てみると、実際にはそのどちらでもなく、製品やサービスのありようは、プロダクトとマーケットのあいだをつかさどるメディアや流通の枠組みに規定されてしまっている、ということに気がつきます。

 つまり、先に製品ありきでそれを市場に押し出す「プロダクトアウト」でもなく、顧客ニーズに基づいた製品やサービスの企画が先に立つ「マーケットイン」でもない、両者の中間をつかさどるメディアや流通のありようが、プロダクトと顧客ターゲットの双方を必然的に規定する「メディアアウト」ともいうべきパラダイムに縛られていたということです。

 その結果、メディアと流通の枠組みに乗りにくいサブスケールのサービスや商品は大きなハンディキャップを背負うことになる一方で、多数派となる大衆に向けた製品を大量に生産し、それを巨額のマーケティング費用をかけてメディアと流通に乗せて売り切るという戦術パターンを採用する企業には強烈なスケールメリットが生じました。