[特別対談]
『ストーリーとしての競争戦略』著者・楠木教授と
「業界の非常識」を貫くアイル・岩本社長が語る
企業の競争優位とは

本当に優れた戦略ストーリーは、「競争相手による模倣の忌避」を可能にする──。楠木建教授は、著書『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』でこう唱えた。「アイルの常識は業界の非常識」と言われるほどの独自の経営モデルで躍進するアイルの岩本哲夫社長が楠木教授と語り合った。

営業はライブ
ビジネスはアート

一橋ビジネススクール教授
楠木 建 Ken Kusunoki
1989年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および 同大学イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。10年5月に発行した『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)は、本格経営書として異例のベストセラーとなった。近著に『すべては「好き嫌い」から始まる ―仕事を自由にする思考法―』(文藝春秋)。

楠木 岩本さんは若い頃、バンド活動をしていたそうですね。僕も学生時代からずっと同じ仲間とバンドを組んで、今も定期的にライブをやっているのですが、楽器は何を担当されていたのですか。

岩本 学生時代はザ・ビートルズのコピーバンドをやっていて、私はジョン・レノンと同じボーカルとサイドギターです(笑)。昔は社員研修の打ち上げに参加して、サプライズでライブをやったこともあります。

 実は、学生時代は音楽で食べていこうと思っていたので、就職は考えていませんでした。たまたま、友人の誘いで受けた会社に合格して、オフィス機器の営業をやることになりました。

 コンピューターのことなど何も知らなかったのですが、やってみると営業はライブと同じで、お客さまとの会話の場をいかに盛り上げて、ファンになってもらうか。そのために、お客さまの業界や仕事のことを徹底的に勉強して、喜んでもらえる提案をしました。

 それを続けていたらトップ営業マンになり、同期より早く出世もできて、サラリーマン生活に何の不満もなかったのです。でも、いろいろなお客さまから「君は絶対独立するタイプだから、起業するなら若いうちがいいよ」と言われまして、結局は独立することになりました。

 音楽をやっていたせいか、経営者になった今も、「ビジネスはアート」だと思っています。

楠木 まったく同感です。ビジネスをスポーツに例える人がよくいますが、僕は本質的に異なると思っています。

 スポーツにはルールがあって、トップからビリまで明確に序列が決まります。でも、音楽の世界では、ビートルズとザ・ローリング・ストーンズのどちらがいいのか、人によって好みが違い、一律に判断できません。

 ビジネスもそれと同じで、一つの業界に複数の企業がいて、それぞれが異なる持ち味と戦略でお客さんから支持を得ている。そういう意味で、経営は本質的に音楽やアートに近いでしょう。

 IT業界は競争が激しいといわれますが、持ち味の異なる企業が健全な競争を繰り広げていると思います。その中で、アイルはどうやってユニークなポジションを確立したのですか。

アイル代表取締役社長
岩本 哲夫 Tetsuo Iwamoto
日本大学商学部卒業後、大手情報サービス会社に入社。情報システムのトップセールスマンとして活躍する。1990年に退職、91年にアイルを設立し、代表取締役社長に就任。アイルは、2007年6月ヘラクレス(現JASDAQ)、18年6月東証2部、19年7月東証1部に上場。アイルの成長を評論家の鶴蒔靖夫氏が描いた著作に『創発経営―アイルの常識は業界の非常識―』(IN通信社)がある。

岩本 創業の原点は、前職時代に、コンピューターを買っても使いこなせない中小企業を数多く見てきたことです。「コンピューターを販売するだけでなく、サポートを含めて全てを1社で請け負えば中小企業の負担を減らせる」「大手の下請けにとどまっている中小企業が、ITを使うことで効率化や成長を果たせる」。そんな思いがありました。

 とはいえ、わずか数人で始めた会社ですから、大手に勝つには局地戦しかありません。戦う地域を絞り、他社の営業が1人で担当しているエリアに当社は3人ぐらい投入して、まずはそこでお客さまを増やしていく戦略を取りました。

 また、お客さまの業種も絞り込みました。広く浅い知識よりも、専門的で深い知識を持った営業担当の方が、お客さまに喜ばれる提案ができるからです。

 そうやって、特定のエリア、特定の業種でお客さまを増やしていくうちに、口コミで新しいお客さまがどんどん増えていきました。

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