小回りのきくスタートアップや、あらゆる頭脳とお金が集まるシリコンバレーよりも、大企業のほうがイノベーションを起こしやすい!? USBフラッシュメモリや、マイナスイオンドライヤーのコンセプト設計などで知られる、世界的なビジネスデザイナーの濱口秀司さんに、その理由を聞いていきます。(撮影:野中麻実子)

シリコンバレーでアイデアさえあれば
成功するのか?

――「営利企業におけるビジネス」に特化して仕事をされている理由を、前回(第1回「濱口秀司が仕事を引き受ける条件とは?」)伺いましたが、業種はさまざまですし、規模の大小もありますが、選択基準はありますか。

ビジネスデザイナー濱口秀司が語る「大企業イノベーション最強説」濱口秀司(はまぐち・ひでし)さん

 業種はもちろんですし、大企業がいいのか、規模の小さいスタートアップがいいのか、ということはこだわりません。どちらとも仕事をしています。

 日本では近年、スタートアップこそがイノベーションのインキュベーションだ、という風潮があるみたいですよね。大企業の人たちはみずからを「図体がでかいだけで鈍重だ」と自虐的に言うのと同時に、スタートアップの人は「大企業なんて意思決定は遅いし、大胆なチャレンジもできない」と大企業を悪しざまにけなす。僕が日本での仕事を増やした数年前は、スタートアップ界隈の人からもよく声をかけてもらって飲みに行ったりしましたが、すると「え、濱口さん、松下(現パナソニック。旧松下電工)の出身なんですか。大企業って駄目ですよね」と同意を求められたりして(笑)。

 でも僕は、ある面白いことに気づいたんです。10分ぐらい彼らスタートアップの話を聞いて、「で、これからどうしたいのですか」と聞くと、異口同音にみんな「大きくなりたい」と言い始めるわけです。あれだけ大企業をバカにしていたのに(笑)「きっと、あなたのとこでも同じことが起きますよ」と言ったら「いや、僕たちは“ベンチャーぽく”やるんで大丈夫です」と。でも松下だってソニーだって、もとはベンチャーだったんですからね。どんな素晴らしいスタートアップでも、成功して大きくなったら同じことが起きるので、それに対する決定的な解を見つけなければならないと思います。

 それからもう一つ、よく耳にする勘違いがあります。

 シリコンバレーでアイデアさえあれば、すごいお金とチームがついて事業が立ち上がるもの、と幻想を抱いている人が多い。これこそ、世間でつくられた「バイアス」です。僕は一時、シリコンバレーで暮らしていたし、パナソニックとは関係なく付き合っていた現地のベンチャーキャピタルやエンジェルインベスターのほか、スタートアップの個人的な知り合いもたくさんいるので話をするのですが、そんなことはあり得ない。

 シリコンバレーで1億円の投資をもらうには、相当よくできたコンセプトとビジネスプランでないと無理です。10億円を調達しようと思ったら、死ぬほど大変ですよ。少し前の話しですが、オレゴン州ポートランドのデイブ・ハーシュが作ったジャイブ・ソフトウェアがセコイア・キャピタルから15億円調達したときは、すでに顧客数がガンガン伸びて、どう見ても成功する、上場が見えていたタイミングだったからこそです。

 シリコンバレーの厳しさと比べれば、大企業のほうが調達は簡単です。1億円のプロジェクトなんていくつかある、という大企業もあるんじゃないでしょうか。人件費ひとつとっても、課長一人1000万円、福利厚生を含めれば一人1600万~1800万円です。複数人のチームを組んだら、その人件費だけで軽く5000万~6000万円いきますから、なんだかんだで1億円なんてすぐにいってしまう。5年間で10億円投資するプロジェクトは軽くできます。

――大企業のなかで事業化するほうが、シリコンバレーでやるよりハードルは低い、というわけですか。

 考えてみてください。

 シリコンバレーで事業プランと熱意を語って、経験豊富ですごく賢いベンチャーファンドや、素晴らしい実績と直感を持つエンジェル系投資家などを説得して、お金を引き出し、計画通りに事業を伸ばそうと思ったら、ものすごく難易度が高いです。それと比べれば大企業のほうが、ファンドを得られるスピードと、プランの詰め具合のいい加減さは高いと思う。悪い意味で言っているのではありません。それが、大企業のパワーのひとつなんです。みんな、シリコンバレーにさえ行けば成功するかのように言っていますが、よく考えたほうがいい。

 投資を受けて事業を大きくする過程においても、大企業には2つのボーナスがあります。ひとつは、似たカルチャーの人たちでチームを組めるので、方向さえ決まれば一体感をもって前に進めること。シリコンバレーでも、機能としては弁護士やエンジニアなど優秀な個人を集められますが、成功するにはカルチャーが統一されなければなりません。そのためのプログラムがあるとはいえ、会社のビジョンを一人一人に問いかけるなど、コストが非常にかかります。もうひとつは、そこからチームを増員しようというとき、大企業のほうや集めやすいこと。トップのやる気さえあれば、10~20人は、すぐ集められるはずです。

 小さくて新しい企業のほうが凄いかのように言われますが、大企業にもいいところはある。コンセプトそのものに面白さがあり、その進め方や、大企業と中小企業の特徴の違いさえわかっていれば、大企業のほうでうまく進めるのも有効なオプションです。これは、日本の企業に限らず、アメリカの大企業にもいえることだと思います。