文系でも怖くない 学び直し!数学第1回

ビジネスパーソンの必須スキルである数学を、一からおさらいする「学び直し!ビジネス数学」特集(全8回)。三角関数に指数・対数、二次方程式。中学校・高校の数学で登場したややこしい数式や記号を見ると、今もむしずが走る文系ビジネスマンは少なくないだろう。だが、ビジネス、企業内のさまざまな問題を解決するには「数学で考える」ことが大きな武器になる。第1回は、作家の佐藤優氏が、その著書を高く評価する数学者、芳沢光雄氏を招き、数学と数学教育の問題点をめぐって議論を交わした。(「週刊ダイヤモンド」2019年2月9日号を基に再編集)

分数ができない大学生の衝撃

佐藤優氏さとう・まさる/1960年東京生まれ。作家・元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了。主な著書に『国家の罠』(新潮社)、『自壊する帝国』(新潮社)、『獄中記』(岩波書店)などがある。
Photo by Yoshihisa Wada

佐藤 数学・算数に関して、何といっても衝撃的だったのは1999年に出版された『分数ができない大学生』でした。そのころで「2分の1足す3分の1は?」の問いに「5分の2(正解は6分の5)」と答える大学生の割合が、全体の約17%に達していた。

 それを読んで私が思い出したのは、外務省時代に研修生の教育係をしていたころ、モスクワ高等経済大学とモスクワ国立大学地理学部に研修生を送り込んだときの経験です。共に外交官試験合格者の中でもなかなか優秀な成績を収めていたんですが、成績不良で退学になってしまった。

 そこで大学の教務部長に「いったい何に問題があるのか」と理由を聞きに行った。私はてっきりロシア語力の問題と思ったんですが、「そうではない。問題は別にある」と言う。

 一つは数学。微分積分や行列、ベクトルなど線形代数が全然できない。だから授業に付いていけない。二つ目は、アリストテレスの昔から論理の基本となっている「同一律、矛盾律、排中律」(→最終頁解説参照)が分からない。だからディベートができない。そして三つ目に哲学史の知識に欠けるので、思考、思索の型というものが分かっていない。

 日本の教育というのはかなり特殊なんじゃないかと、言われたのです。聞き取りをしてみると、確かに文系は高校数学、下手すると中学段階でも数学をきちんとやらなくて済む。

 私は3年前から同志社大学の神学部で教えているんですが、「数学と神学は隣接しているから、きちんと数学をやっておきなさい」と言っているんです。芳沢先生の講談社ブルーバックスの『新体系・高校数学の教科書(上・下)』を丁寧に読んでいる学生も多い。高等学校卒業程度認定試験で9割は確実に取れる優秀な学生たちです。

 ところが、私はショックだったんですが、「リーマン幾何学(→解説)では平行線はどういう状況で交わるの?」と聞くと、皆キョトンとしている。「先生、平行線が交わるんですか?」と。

芳沢 数学に関して幾つか迷信があります。例えば、まず「私立大学の経済学部は文系だから数学は不必要」という迷信です。

佐藤 ひどい話ですね。

芳沢 世の中にはさまざまな経済関連の問題がある。でも、必ず最後は数字をもって客観的に議論すべきものです。そこで数学が必要になる。ところが、日本ではおかしな方向に進んでいる。

 ただ最近、経済産業省が「数学を何とかした方がいい」と数学人材の重要性を訴えたり、日本経済団体連合会の中西宏明会長が「文系の大学生も数学を学ぶべきだ。数学を全然やらないのはおかしい」と提言(→解説)を出したりして、風向きが変わってきた。