人事の秘密Photo:kyodonews

アマゾンの成長を支えるのは、間違いなく世界中から集まる人材だ。年功序列も定年制もなし、異動は本人次第――。そこには一般企業の常識を超えた人事制度がある。一方でアマゾンの社風になじめず、労働組合に駆け込む社員も続出している。アマゾン流人事の秘密を暴く。(ダイヤモンド編集部 重石岳史)

心労を理由に退職を選ぶ社員も
労働組合への駆け込みが急増する理由

「今、急速に相談件数が増えている。特定の部門というわけではなく、営業からマーケティング、システム系まで幅広く、国籍もさまざまだ」

 労働組合の東京管理職ユニオンで執行委員長を務める鈴木剛氏がそう明かすのは、アマゾンジャパンについてだ。

 ユニオンの下部組織として、アマゾンジャパン労働組合の結成が発表されたのは2015年にさかのぼる。その年の8月、米「ニューヨーク・タイムズ」紙が米アマゾン・ドット・コム本社の「過酷な職場」の内実を大々的に報じ、上司の執拗なパワーハラスメントにより心を病み、長期休職を余儀なくされたといった現役社員らの“告発”が明るみに出た。

 日本でも類似の相談がユニオンに持ち込まれ、組合は東京都労働委員会に不当労働行為の救済申し立てを行った。そこで組合側が問題視したのは、アマゾンの業績改善計画(PIP)という制度だ。

 PIPは、対象の社員に課題を与え、それを達成しているかどうか定期的にチェックする制度だ。一定の期間内に課題が未達の場合は減給や降格、解雇などの処分を受ける可能性がある。その課題が仮に業務の適正な範囲を超えたものであれば厚生労働省が定義するパワハラに該当し、退職を強要すれば労働契約法違反になる。

 このPIPの運用改善を求めた組合側の主張に対し、アマゾンジャパンは16年8月に和解に応じている。その後は社員の相談件数は減少する傾向にあった。

 ところがそれから3年が過ぎ、再び相談が増えているのはなぜか。鈴木氏によれば、相談内容の大半は「コーチングプラン」という新たな制度に関するものだという。

 このコーチングプランは何のことはない、「形を変えた事実上のPIP」(鈴木氏)だ。

 PIPのように処分を受けることはないが、コーチングプランの対象者が期間内に目標を達成できなければPIPへ移行する。要するにPIPの“前振り”のような制度だが、実際はコーチングプランの段階で心労を理由に退職を選ぶ社員が多いという。

上田セシリア氏P&Gジャパンや人事コンサルタントなどを経て2014年にアマゾンジャパンに入社し、人事部ディレクターを務める上田セシリア氏は「人事評価制度は常に改善を加え、毎年のようにリニューアルしている」と話す Photo by Takeshi Shigeishi

 アマゾンは無論、こうした指摘に真っ向から反論する。

「PIPはあくまでもパフォーマンスを改善するためのプログラムであり、それをもって退職を迫るというものではない」と話すのは、アマゾンジャパンで人事部ディレクターを務める上田セシリア氏だ。

 上田氏が強調するのは、「アマゾンでは社員一人一人がリーダー」「自分のキャリアのオーナーは自分自身」というアマゾン流人事の基本原則だ。

 アマゾンには「リーダーシップ・プリンシプル」と彼らが呼ぶ14項目の行動指針がある。アマゾンジャパン社長のジャスパー・チャン氏によれば、「ビジネス上の意思決定から社員の人事評価に至る全て」を、アマゾンはリーダーシップ・プリンシプルに基づいて判断している(チャン氏のインタビュー全文は「チェンジリーダーの哲学」に掲載)。

 確かにリーダーシップ・プリンシプルには、「リーダー」という主語が何度も登場し、「リーダーは『それは私の仕事ではありません』とは決して口にしません」「リーダーはリーダーを育成し、コーチングに真剣に取り組みます」といった文言が並ぶ。

 上田氏によれば、アマゾンの採用や人事評価は、このリーダーシップ・プリンシプルに即した行動であるか否かということが重視され、年齢や経験は一切問われないという。

 そして自分のキャリアを自分で形成するというアマゾンの特徴は、「インターナルトランスファー」という制度によく表れている。