いま人材育成の現場で最もよく使われているキーワードが「経験学習」だ。なぜ、マネジャーは部下の「経験から学ぶ力」を高めることが必要なのか。どうすれば部下の成長を効果的に支援できるのか。日本における経験学習研究の第一人者・松尾睦氏の最新刊『部下の強みを引き出す 経験学習リーダーシップ』より、内容の一部を公開する。

「育て上手のマネジャー」と「平均的マネジャー」はどこが違うか?

 まず、育て上手のマネジャーと平均的マネジャーの違いを理解していただくために、2人の課長の事例を紹介しましょう。

 自動車部品メーカーに勤務する育田課長と平田課長は同期入社です。地方の国立大学を卒業後、営業部門に配属となった2人は、海外の販売会社への出向を経て、40歳を超えた時期に課長に昇格したという点も似ています。

 営業担当者としては優れた業績を上げてきた2人ですが、課長昇格後には、明らかな差がついてしまいました。平均的な業績の平田課長に対して、育田課長は極めて高い業績を上げているのです。

 さらに、この会社では360度評価を導入していますが、部下からの評価も、育田課長がトップクラスであるのに対し、平田課長の評価は中レベルです。両者の違いはどこにあるのでしょうか?

 平田課長には6名の部下がいますが、部下が抱える弱みや課題を把握し、何とか弱みを克服させてあげたいと考えています。

 社内における彼の堅実な仕事ぶりには定評があります。例えば、仕事を任せる際には、会社全体の視点から、「これはうちの戦略製品だから力を入れてください」「この取り組みは全社変革の一環だから、成果を上げましょう」というように、各仕事の重要性を伝えることを忘れません。

 また、業務を遂行している途中で問題が発生したり、部下が失敗したときには、その原因について一緒に振り返っています。

 部内ミーティングは、平田課長が仕切り、自身の豊富な経験をもとにアドバイスをすることで、各メンバーの問題を解決しています。

 さらに、業務の節目の面接では、同じ失敗をしないように部下と議論を重ね、弱点を克服するように励ましています。

 一方、となりの部門で働く育田課長は、部下5名の強みやポテンシャルを書き出して、各自の強みが生かされる業務を任せています。力量に劣る部下もいますが、その人ならではの個性を認め、「君の〇〇力を伸ばせばいい」と期待の言葉をかけるのが彼のスタイルです。

 部下に業務を任せるときには、組織的な重要性とともに、本人の成長との関係性も説明します

 例えば、「君は3年後に〇〇部門への異動を希望しているけど、今取り組んでいる仕事は、あの部門が重視する交渉力を磨くのにもってこいだよ」と成長ゴールを示し、仕事を意味づけるように心がけているのです。

 また、業務の進捗確認の際には、問題や失敗だけでなく「〇〇の力がついたね」「この案件はなぜ成功したのかな?」と成功についても振り返り、さらに良い成果を上げる方策を検討させています。

 ときに、あえて失敗させることで「どうしたら成功できるか」を考えさせ、部下の持っているポテンシャルを引き出すこともあります。

 なお、部内ミーティングでは、30代の中堅スタッフに司会を任せ、自身の発言は最小限に控え、何でも言える「ワイガヤ」の雰囲気をつくることも育田課長の特徴です。

 さらに、皆で部門のビジョンをつくり浸透させることで、メンバーの行動を適切に方向づけています。