9月の講演でLIBORの終焉を宣告した米ニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁9月の講演でLIBORの終焉を宣告した米ニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁(写真は11月の講演時のもの) Photo:REUTERS/アフロ

「人生で必ず起きることは二つといわれている。死と課税だ。しかし私は実際のところそれは三つだと言っている。死と課税とLIBORの終焉である」

 米ニューヨーク連邦準備銀行のジョン・ウィリアムズ総裁は9月の講演でそう語った。随分と大仰な表現だが、裏を返せばそれは焦りの表れでもある。金融機関のLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)から新しい指標への移行が遅れているからだ。

 LIBORは金融市場だけでなく、企業の借り入れや個人の住宅ローンなど広く変動金利の基準とされてきた。同指標金利を用いた米ドル建ての金融契約は約200兆ドルと当局はみている。

 LIBORは、通貨ごとに選出された銀行(パネルバンク)が実勢と考えられる金利を提示。それを基に算出がなされてきた。しかし、2008年前後の金融危機の頃からパネルバンクの不自然な動きが問題視され始め、それは一大スキャンダルへと発展していった。

 この不正が起きるはるか前の1980年代に英ロンドンでLIBORの提示を担当していたあるバンカーに話を聞く機会が数年前にあった。彼によると、昔はパネルバンクといえば一流銀行の証しであり、それに選出されることは大変な名誉だった。そのため、目先の利益のために不正を行うことなど全く考えられなかったという。

 しかし、そうした“性善説”を前提にするわけにもいかなくなり、スキャンダル発覚後に主要国の金融当局はLIBORの事実上の利用停止期限を21年末と決定。それに代わる米ドルの新たな指標金利は、米当局の主導で「担保付翌日物調達金利(SOFR。ソファー)」となった。実際に市場で成立した米国債レポ翌日物取引の金利を集計するものなので、LIBORより不正が起きにくい。

 だが、金融機関や機関投資家にとってこのSOFRは実務上使いにくい面が多々ある。このため、金融市場におけるLIBORからSOFRへのシフトは遅々として進まない。

 しかも厄介なことに、9月に米国債レポ金利が暴騰するハプニングがあった(原因の一つは金融規制強化の下での米銀行の行動変化)。同金利が暴れると、連動してSOFRも暴れる。金融機関や機関投資家は指標金利が予測困難な動きをすることを嫌がるため、当局の願いとは逆に、市場におけるSOFRを用いたドル資金調達の新規出来高は秋以降激減。8月は557億ドルだったが、10月は245億ドルに落ち込んでしまった。

 現在ニューヨーク連銀は金融市場に非常に手厚い資金供給を実施している。一部の株式市場関係者はステルスQE(隠密量的緩和)と呼んでいるが、それは読み筋が違う。同連銀の意図は、年末に向けてレポ金利に再び上昇圧力が加わるのを避けることにある。それを許してしまうとSOFRも一緒に不安定化し、その不人気に拍車が掛かる恐れがあるからだ。

 なお、円のLIBOR代替指標についてはOIS(無担保コール翌日物の先物)のターム物金利とする方向で日本の市場参加者が議論を進めている(OISの詳細は東短リサーチ編『東京マネー・マーケット第8版』を参照)。他の通貨についても、各国の事情に合わせて代替指標が決定されている。

 だが、世界的にLIBORから新指標への移行作業は遅れ気味だ。「時計は時を刻んでいる」とウィリアムズ総裁が強調しているように、21年末は刻々と迫っている。

(東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)