ソースネクストの松田憲幸社長は、2000年代後半に陥った経営危機の要因を鑑み、自身がアメリカのシリコンバレーに移住することを決断します。それはなぜか?そして、そこでの交渉の実戦でわかったことが、いくつもありました。松田さんの著書『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』より数回に分けてご紹介していきます。

 会社を危機に陥れた理由には、過剰投資した私の判断ミスに加えて、もう一つ大きな要因として、パソコンからスマホへ移行する大きな潮流のスピードを見誤ったことがありました。

 そこで私が今後IT業界の変化を見逃すまいと選択したのは、ITの総本山のシリコンバレーに移り住んでしまうことでした。社長みずからが、本社を日本に置いたまま、移住してしまう──。おそらく上場企業の社長でほとんど前例のないことでしたが、これもまた、振り返れば最善の策だったと思っています。

 日本に本社があるのに、社長が日本を離れてしまうなんてあり得ない、という考え方もあるかもしれません。実際、多くの経営トップがそうでしょう。自分がしっかり日本で会社を見ていないといけない、と感じてしまう。

 しかし、ITを軸とするビジネス上、アメリカとのつながりは絶対に必要です。誰かにアメリカを任せないといけない、となればどうするか。選択肢は、現地で人を雇うか、日本にいる人を送るか、の二つしかありません。アメリカで拠点を立ち上げるのと、それまでずっと実績を作ってきた日本のビジネスを継続させるのと、果たしてどちらが難しいか、と考えれば、当然、未知なるアメリカでしょう。

 ならば、継続する国内ビジネスは信頼できる仲間に任せ、社長自身が最も難しいトライをするほうが、よほど理に適っていると思いました。逆に、少なくとも最初は、トップの私と同じことをアメリカで部下や現地社員にやってもらおう、などというほうが無理があるのではないかと考えたのです。しかも、経営トップがアメリカに行けば、自分が第一線で営業できて、ホームパーティーで人脈も作れて、ITの大きな潮流まで見られるわけです。こんなにいい話はありません。時価総額を見ると、明らかに私がアメリカへ移住した頃を境に上昇気流にのりました。

 アメリカでのビジネス交渉でも、私は一般によいといわれる慣習などに惑わされないようにしています。なかでも意外に好評な一つが、対面でのミーティングです。

 ご存じのとおり、アメリカは国土が広いので、ビジネス上は電話やビデオ通話でコミュニケーションを取ることが当たり前です。

 だから、実は対面で会う機会はあまりありません。しかし、私の場合は、そこを、あえて相手に会いに行くようにしていて、これが差別化になっていると思います。私はアメリカの当たり前を、逆手に取ったのです。ディールをまとめるなら、直接会って話したほうが明らかに効果があるのが、アメリカです。

 実際、会いたいと言うと少し驚かれるし、わざわざ来てくれたのかと、とても喜んでもらえます。だから、私は何度でも行くようにしています。それこそ日本で量販店1000店舗を回ったことと比べれば、なんということもありません。どうしてコイツはこんなにここに来てくれるんだ、と相手に思われるくらい行っています。会うと握手もできるので、ディールもよく進むのです。

 重要なのは、アポイントを取るときのやりとりです。「会えたら嬉しいです」などと書いたところで、実際のアポイントにはつながりません。

 なので、いつどこで会いたいのか、まできちんと書くことです。先方のオフィスで会いたい、というと、相手はほとんど断りません。アメリカ人にはフレンドリーな人も多いので、「よく来てくれた」となり、好印象を持たれます。

 それと、もう一つ重要なポイントは、相手のトップだけに会おうとしないことです。アメリカの場合は権限委譲が進んでいるので、トップでなくてもサインをする権限を持っています。

 こちらがトップで相手はトップでない人でも、私はきちんと尊重します。担当者レベルでもどんどん会う。トップ同士でなければ話にならない、なんて空気は醸し出さない。そうすると、相手も喜んでくれます。