歴史上に名を残す偉人は、当然「すごい」ことを成し遂げている。しかし、彼らとてみな人間。「すごい」と同じくらい「やばい」面だってあるのだ。
そんな偉人たちの「すごい」と「やばい」を両面から紹介する本が、書店で売れ続けているという。歴史人物の思わぬ「やばいエピソード」とギャグ漫画家の和田ラヂヲのシュールなイラストが人目をひく。各時代の概要をざっくりまとめた漫画は、それぞれ横山了一さんと亀さんが担当した。
児童書として企画された本書だが、じつは大人にも売れている。
ふざけた本かと思いきや、『やばい日本史』は東京大学教授の本郷和人さんが、『やばい世界史』は東京大学名誉教授の本村凌二さんが監修を務めている。
今回は監修の二人にお集まりいただいた対談の第4回。ふだん聞けない「歴史学者から見て、あぶない史料ってどんなもの?」という質問に答えていただいた。

第1回 東大教授が語る「歴史は“やばい”から入ると面白い!」
第2回 子どもが歴史好きになるには、どうしたらいい? 東大名誉教授と東大教授が本気で考えてみた
第3回 東大教授がおしえる「いい歴史本」「あぶない歴史本」の見分け方

(聞き手:滝乃みわこ)

歴史家の日常は波乱万丈?
知られざる「史料集め」の壮絶さ

歴史学者に聞く「あぶない」史料の見分け方

――第3回では「史料」の重要性について存分に語っていただきましたが、今回は「あぶない史料」つまり真偽があやしい史料や、偽物のエピソードを伺いたいと思います。
お二人が監修されている『東大教授がおしえる やばい日本史』『東大教授がおしえる やばい世界史』でもたくさんの参考文献を参照しているわけですが、そもそもその史料はどうやって集めてくるんでしょうか?

本郷:史料集めって、僕ら歴史家にとってすごく重要な仕事です。年に1回お茶の水の東京古書会館で開かれる「古典籍展観大入札会」っていう入れ札(いれふだ)のビッグイベントがあるの。

――入れ札というのは、どういうものなんですか?

本郷:入れ札、つまり落札タイプってことね。
昔、そこですごくいい史料が出品されたことがあって、「えー!あれ、出たんだ!」ってことで、即、職場の史料編纂所に行って「頼むから特別予算を組んで、あれを買って下さい」ってお願いしたの。そうしたら、けんもほろろに却下されちゃって。
それでうちに帰って、奥さんに「うち、現金、全部ひっくるめたらいくらある?」って聞いたんです。そしたら奥さんが「ウーン」と唸って「700万」って答えたんだ。
これは家を買うために結婚以来二人でコツコツためていたお金だったんだけど「それ、ちょっと入札するから」ということになった。

――えっ、個人のお金でですか?

本郷:そう、それで700万円で入札したんだよね。だけど、買えなかった。これは、さすがにちょっと残念でした。

――即決して入札……。行動力がやばいですね。
ちなみに、それはどんな史料だったんですか?

本郷:「霜月騒動」に関する史料です。
これは1285年に鎌倉幕府で起きた内乱で、安達泰盛っていう男が、対立していた平頼綱に滅ぼされちゃったのね。ちなみに、僕はそれが鎌倉幕府が滅びた遠因になっていると思っている。
それで、安達泰盛側に味方して討ち取られた人の一覧があるんです。交名(きょうみょう)と言うんだけど、それがお経の裏に書かれた史料があって。存在はみんな知っていたんだけれど、原本が行方不明になっていた。

――存在は知っているけど、実物がないという場合もあるんですね。

本郷:そうなんですよ。だけど、今から考えると、買わないで良かった。

本村:だって、落札した人にお願いしたら見せてもらえるでしょ?

本郷:ええ、幸運なことに、入札した方は有名なコレクターで。お願いすれば、ちゃんと調査させてくれます。
だから安心して、まだ調査してないんだけど(笑)。

本村:700万も張ったのに(笑)。

本郷:そのときは、なんかちょっととち狂っていましたね。実際、あんまりその史料が出たのが嬉しくてさ。だって、なかなか表に出てこないんだもの。
それに中には貴重な史料を手に入れて「俺の棺桶に入れてくれ」みたいなとんでもないことを言う人も、たまにいるから……。

――それは……! せめてスキャンさせてほしいですね。
古い史料が今になって出てくるというのは、今後もありうるものなんですか?

本郷:いや、日本ではほぼないでしょう。
じつは日本は、明治時代から国策として、全ての古文書を調査してデータ化しているんです。で、そのデータを持っているのが、僕が所属している「史料編纂所」というわけです。
だからレアな史料の現物が出てきたといっても、中世くらいまでのものはだいたいデータ化されているから、すでにみんな知っている場合も多々あります。
ただ、持ってるのはデータなので、本物がどこに行っちゃったかはわからないものはいっぱいあります。太平洋戦争で燃えちゃったとか、遺産相続でどっかへ行っちゃったとか……。

本村:そうは言っても、江戸時代の富豪の土蔵とかにも、いっぱい史料があるわけでしょ。そういうところも調査済みなの?

本郷:いえ、江戸時代の史料は、データ化されていないものが、まだ山のようにありますね。
オーバーに言うと、江戸時代のものは毎日捨てられているような状態なんです。

本村:量が多すぎて?

本郷:ええ、もったいないですよね。だから磯田道史先生が一躍有名になった、『武士の家計簿』(新潮新書)という本があるけど、あれは磯田先生が古本屋で見つけた史料が元になっている。そういう発見の可能性が、江戸時代にはまだあるわけです。
だからみなさんも、家の古い史料は捨てないでね。

――そういう史料を鑑定してくれる番組もありますが、それに価値があるか、つまり「本物」か「偽物か」というのは、専門家ならわかるものなんですか?

本郷:えーとね、どっちかわからないということも、じつは結構あります。
それで、そういうときに本物と言いたがる人と、偽物と言いたがる人とがいるわけ。それで論争になることもよくある。

――専門家でもわからないことがあるんですか。ちなみに本郷先生はどっち派なんですか?

本郷:僕は本物って言いたがる派かな。でも、「これは偽物です」って言ったほうが、研究者っぽいじゃない。だからそういう人の方が目立ったりもするわけだけど、テレビを見てて「それはどう見ても、本物でしょう!」ってことは、ときどきあります。
だから偽物って言われても、捨てないでね。

本村:世界史でも、なかなか見たことのない新しい史料が出てくることはないですね。図書館のリストみたいなものが出てきて「プラトンとかアリストテレスのこういう本がある」ということがわかっても、肝心の現物が発掘されるというのはなかなかない。

本郷:それ、何年ぐらい前のリストなんですか?

本村:2000年前くらいですね。

本郷:話がでかすぎる! そうなんですか。

本村:だから、19世紀の末にアリストテレスの『アテナイ人の国制』が発見されたときは衝撃だったでしょうね。この史料は古代の著作に多くの引用が残されていて、リストでも「ある」ってわかっていたけど、本物が見つかっていなかった。それがナイル川河畔の砂漠地帯から発見されたんですよ。

本郷:ああ、それは嬉しいですよね。