経営学における「組織学習」の骨組みを理解しよう
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サマリー:今回から、イノベーションと組織学習に関する理論を学んでいく。イノベーションも組織学習も、「何かを経験することで学習し、新しい知を得て、それを成果として反映させる」という意味で本質は同じものであり、経営... もっと見る学において、イノベーションは広義の「組織学習」の一部だといえる。組織学習のキーワードは「経験」、つまり「組織の知の変化」だ。本稿では、組織学習・イノベーションを語るうえで前提となる、世界の経営学における組織学習の骨組みを解説する。本稿は『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年)の一部を抜粋し、紹介したものである。 閉じる

イノベーションと組織学習

 イノベーションと組織学習に関する理論を紹介していく。イノベーション・組織学習の理論の多くは、認知心理学に基礎をおく。したがって、本書『世界標準の経営理論』で解説したハーバート・サイモン、ジェームズ・マーチ、リチャード・サイアートを中心とした「カーネギー学派」の影響が大きく、そこからイノベーション・組織学習について、様々な理論が派生し、発展しているのだ。

 ところで本書では、「イノベーション」と「組織学習」という言葉をそれぞれ使っているが、それは便宜上のことだ。そもそも経営学では、イノベーションは広義の「組織学習」の一部といえる。イノベーションも組織学習も、「何かを経験することで学習し、新しい知を得て、それを成果として反映させる」という意味では、本質は変わらない。要は程度論である。学習の結果、新しく得られた知の成果が極めて革新的なら、それが「イノベーション」と呼ばれるだけのことである。逆に「改善」のような小さな前進を実現するなら、それを組織学習と呼ぶにすぎない。

 実際、本章で解説する「知の探索・知の深化の理論」を切り開き、その後のイノベーション研究に多大な影響を与えたジェームズ・マーチの1991年のエポックメーキングな論文も、そのタイトルは“Exploration and exploitation in organizational learning”(組織学習における知の探索と知の深化)であり、マーチは同論文を「組織学習」の論文と位置付けていたといえる(※1)。この論文で、イノベーションという言葉はほとんど出てこない。後世の研究者が、この理論が特に革新的な知の成果(=イノベーション)を生み出すメカニズムの説明に有用とみなしているだけである。

組織学習のキーワードは「経験」であり、「組織の知の変化」である

 ではイノベーションが広義の組織学習の一部だとして、組織学習自体はどう定義されるのだろうか。組織学習研究の世界的権威であるカーネギーメロン大学のリンダ・アルゴーティが2011年に『オーガニゼーション・サイエンス』に発表した論文で、以下のように定義している(※2)

 Most researchers would agree with defining organizational learning as a change in the organization’s knowledge that occurs as a function of experience. (Argote, 2011, p.1124.)

 組織学習とは「経験の関数」として生じる「組織の知の変化」と定義できることに、ほとんどの研究者は賛同するだろう。(筆者訳)

 このように、組織学習のキーワードは「経験」(experience)であり、「組織の知の変化」(change in the organization’s knowledge)である。この定義に当てはめれば、イノベーションも後で解説する「知の探索」という経験を通して、新しい知を生み出す(=組織の知を変化させる)ととらえられるから、やはり組織学習の一種といえるだろう。

 組織学習・イノベーションについては、あまりにも膨大な研究蓄積がある。しかし、その基本的な「骨組み」については、学者間でほぼコンセンサスが取れている。本章では、知の探索・知の深化の理論の解説に入る前に、世界の経営学における組織学習の骨組みを示しておこう。