ポーター vs. バーニー論争に決着はついている
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サマリー:前回までにSCPとRBVを学び、いずれの理論も「完全競争から、独占の方向に自社の競争環境・強みを持っていくことが望ましい」とする点では共通していることがわかった。しかし、「結局のところ、SCPとRBVのどちらが重... もっと見る要なのか」という問いを浮かべた読者も多いのではないだろうか。今回から、この問いの決着を議論するにあたって重要な「競争の型」を解説していく。本稿は『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年)の一部を抜粋し、紹介したものである。 閉じる

重要なのはSCPか、RBVか

 連載 入山章栄の『世界標準の経営理論』では、競争戦略の代表理論であるSCP理論資源ベース理論(RBV)を紹介している。

 両理論は共に経済学の視点から来ており、どちらも「完全競争から、独占の方向に自社の競争環境・強みを持っていくことが望ましい」とする点では共通している。しかし、前者はそのために製品・サービス市場でのポジショニングや業界構造を考えるのに対し、後者はその製品・サービスを生み出すための経営資源(リソース)に注目する。その意味では、表裏のような関係にあるとも言える。

 さて、第14回から第20回までを読み通した方の中には、以下の疑問に思い当たる方が多いのではないだろうか。それは、「結局のところ、SCPとRBVのどちらが重要なのか」という問いである。

 この問いは、日本でも以前から議論されている。例えば、いまから20年近く前の2001年に『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)が、まさにこの疑問をテーマとした特集を組んで話題を呼んだ。

 執筆陣には、当のポーターとバーニーや、スタンフォード大学のスター教授キャスリーン・アイゼンハートらが並んだ。実は当時20代で経営学に関心を持ち出した筆者が同誌を初めて買ったのもこの号で、興味深く読んだのをいまでも覚えている。ではそれから20年近くたった現在、この問いにどのような答えが出ているか解説していこう。

 とはいうものの、実は現在の筆者はこの問いそのものに違和感を覚えている。先のDHBR特集号を読んでから2年後に、筆者は米国のPh.D.(博士)課程に留学し、以来10年間米国で経営学を学び研究してきた。そのなかで、この「SCPか、RBVか」「ポーターか、バーニーか」という議論は、一度もしたことがないのだ。Ph.D.の授業でもこの話題は出なかったし、この問いに答える論文を読んだこともない。念のために、米国時代の研究者仲間にこの点を尋ねてみたが、「SCPとRBVの優劣? そんな古い議論(classical debate)は、もう誰もしていないよね」という答えが返ってきた。

 なぜ“classical debate”なのか。理由は簡単だ。もう経営学では決着がついているからだ。本章では、その決着を2つの側面から議論しよう。第1の点は極めてシンプルだ。それは「SCPもRBVも、両方大事」というものだ。

決着1:両方とも重要

 言われてみれば、これほど当たり前の答えもない。企業の戦略にとって、顧客に接する「表側」の製品・サービスの戦略は重要だし、他方で人材・技術・ブランドなど「裏側」の経営資源を充実させることも重要なはずだ。

 第16回から第18回を読んだ方は、そこで紹介したCOVという定量分析を使った一連の研究を思い出していただきたい。COVは、「企業の収益性はどの要素で説明できるか」を定量的に計測する手法だった。そして近年の多くの研究では、産業属性の効果(=どの産業に属しているか)と、企業固有の効果のどちらもが、収益性に貢献することが示されている。例えば、ポーターとカナダ・トロント大学のアニータ・マクガハンが1997年に『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』に発表した研究では、1985年から1991年の米国企業約5万8000のサンプルでCOV分析を行い、説明できる企業利益率のばらつきのうち産業属性効果が4割で、企業固有の効果は6割となっている(※1)

 第14回から第15回で述べたように、ジョー・ベインらが発展させた「経済学のSCP」やポーターの「ファイブ・フォース分析」の背景には、「産業属性が収益性に影響を与える」という考えがある。他方で、RBVは個別企業の経営資源に注目しているから、「企業固有の特性が収益性に貢献する」という考えに基づいている(第17回で紹介したポーターの「ジェネリック戦略」も、企業効果の重要性を示唆している)。

 さらに第19回から第20回で紹介したように、企業リソースが業績に及ぼす影響についても統計分析を使って多くの実証研究が行われ、その約半数はRBVを支持する結果となっている。これらを総括すると、「SCP的な要因とRBV的な要因の両方が収益性に寄与する」というのが、現在の経営学者の総論なのはほぼ間違いない。