「和敬塾」という珍しい男子学生寮がある。東京・目白台の旧細川邸7000坪の土地に、前川製作所の創業者・前川喜作氏が1955年に設立。現在も大学、国籍、宗教にかかわらず400人以上の学生が暮らす。万葉集の研究者で、奈良大学教授の上野誠氏は和敬塾に12年間住んでいた。上野氏は「人って、住む場所に育てられるんですよ」と和敬塾の魅力を語る。(清談社 村田孔明)

19歳から31歳まで
12年間を学生寮で過ごす

上野誠・奈良大学文学部教授上野誠(うえの まこと) 1960生まれ。奈良大学文学部教授。『古代日本の文芸空間 万葉挽歌と葬送儀礼』(雄山閣出版)、『魂の古代学 問いつづける折口信夫』(新潮選書)、『書淫日記 万葉と現代をつないで』(ミネルヴァ書房)など著書多数 Photo by Kazutoshi Sumitomo

 上野氏は福岡大学付属大濠高校を卒業後、1980年に国学院大学へ通うために和敬塾に入る。それから奈良大学の専任講師のポストを得るまでの12年間を和敬塾で過ごした。これは和敬塾の在塾最長記録で、いまだに破られていない。

「博士課程に進学しても、非常勤講師になってからも和敬塾に住んでいました。研究者になるためには、論文を1本でも多く書くことが重要です。つまり時間とお金をどれだけ研究に投資できるかにかかっています」(上野氏、以下同)

 当時の和敬塾は、朝夕2食付き、光熱費込みで毎月の寮費は約4万円。和敬塾での生活によって、研究に専念できたのだ。

 一方で和敬塾側も上野氏を頼っていた。

「学生の相談役で、例外的に寮に置いてもらいました。少し年上の人間がいたほうがいいと思ったのでしょう。学生はいつも悩んでいますので」

 女性からの相談も受けた。留学生と付き合っていた女性に「妊娠しているのに彼が黙ったまま帰国し、連絡がつかない」と泣かれたこともあったという。

「いろいろな人がいました。ロクでもないやつもいっぱいいましたよ。僕自身も快適な思い出ばかりではない。社会では不快感とか嫌悪感も感じながら生きていくしかないんだって、学びましたね。和敬塾では恋や性や、進路や進学にまつわる人間ドラマがたくさんありました」