「若年性認知症」と診断されたら世界はどう見えるのか?徐々に失われていく「わたし」を抱えて、残された生をどのように生きるべきなのか(写真はイメージです) Photo:PIXTA

 この『今日のわたしは、だれ?』は、2014年に58歳で若年性の認知症の診断を受けた女性が綴ったブログ記事を中心にまとめたエッセイ/体験記である。

『今日のわたしは、だれ?』書影『今日のわたしは、だれ?』 ウェンディ・ミッチェル著 筑摩書房刊 2000円+税

 認知症といえばしだいに記憶が失われていき、簡単な単語が思い出せない、見えているはずのものが見えなくなる、「わたし」そのものが壊れていくような病気として知られている。本書の著者ウェンディ・ミッチェルは、認知症を発症する前は国民保健サービスでバリバリ働く知性的な人間として知られていた。だからといって彼女がそうした病気の流れに逆らうことができるわけではなく、徐々に記憶が、能力が失われていく過程が本書には克明に記されていく。

 記憶が失われていく状態にある人間が、そんな自分の状態を文章に落とし込めるものだろうかと疑問に思うかもしれない。が、本書には幸いにもその光景がクリアに描きこまれている。ある時突然前は覚えていたはずの簡単な単語が思い出せなくなる恐怖。死んだはずの自身の母親がみえる。自転車でなぜか右に曲がることができない。そうした異常事態を前に、混乱し、立ち止まって、「何が起こっているのか」と自問自答しながらその恐怖をしっかりと書き残していく。

 認知症患者がどのようなことに困っていて、彼らはいったいどのような世界を見ているのか。何をしてもらったら嬉しくて、何が悲しいのかといった彼らから見えている世界。そして、認知症はただ喪失の過程であるだけではなく、楽しいことも楽しめることもまだまだたくさんあって――とポジティブな側面についてたくさん触れられているのも本書の特徴である。