新しい産業を創出して経済成長を実現し、労働人口の減少や高齢化といった社会課題の解決にも貢献すると期待の高まる人工知能(AI)とロボット。だが、安易な企業投資によって理想と現実のギャップが明らかになり失望が広がれば、技術の可能性は潰されかねない。過度の期待も悲観も排して現実を曇りなく理解すると、経営とAI、ロボットとの幸せな関係が見えてくる。

うまくいくAI
失敗するAI

編集部(以下青文字):主要先進国の中で最下位が続く日本の労働生産性、なかでもホワイトカラーの低さは長年の課題とされてきました。AIやロボットの導入によって向上するのでしょうか。

AI×ロボットと経営の幸せな関係<br />

田中 すでにロボットを導入した企業のほとんどが年間数億から数十億円単位のコスト削減を見込んでいて、実際に対象業務の6、7割が削減されています。製造現場では従来、ロボットが人をサポートし、人、ロボット、システムの3層構造によって生産性を飛躍的に向上させてきました。これに対してホワイトカラーの業務は、人とITの2層構造になっています。

 人はミスが多くて時間もかかるし、ITでそれを解決しようとすると多くの費用や時間を要したり柔軟性に欠けたりするという問題がある。しかし、人をサポートするロボットを入れることで、スピードアップや品質向上、効率化が見込めます。ここで言うロボットとはRPA(Robotics Process Automation)のことで、組織の中にデジタル労働者(デジタルレイバー)が出現すると考えていただくとわかりやすいかもしれません。システム化するには費用も時間もかかりすぎるような領域にもRPAは適用できます。

平野 たしかに製造分野においてはロボットの導入が進んで、効果を発揮しています。次はホワイトカラーの仕事に、と考えるのは当然の流れです。ただ、製造業での自動化がそうだったように、人がやっていた仕事を単純に置き換えようとしてもうまくいかないでしょう。ビジネスプロセスを組み替え、組織や人材配置などを見直さない限り、バリューは生まれないと考えるべきです。

田中 バリューを出すためには、目的が明確になっていなければなりません。効率化なのかミスを減らしたいのか、それとも人間では思いもつかないような示唆を得て、新しい事業や市場を獲得したいのか。そこがはっきりしていないと、ただ導入しただけという結果に終わってしまうおそれがあります。

AI×ロボットと経営の幸せな関係<br />
KPMGコンサルティング パートナー
田中淳一
 JUNICHI TANAKA
 
国内ならびに外資コンサルティングファームのパートナーを歴任後、2015年4月より現職。次世代技術を駆使した企業変革の実現に向け、RPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)、人工知能(AI)、デジタルレイバーを活用した業務変革や企業改革、デジタルイノベーション、シェアードサービスの活性化を推進。一般社団法人日本RPA協会専務理事。

 競合に後れを取りたくないという焦りからか、製造、金融、流通、物流、公共といった多くの業界で、AIやロボットの活用を検討する動きが目立ちます。効果を得られる企業と、そうでない企業があるとすれば、その違いはどこにありますか。

平野 AI、ロボットを導入して、投資に見合った効果を得られるかどうかは、組織IQによって決まると考えられます。組織IQとは、組織を情報処理機械に見立てて、コミュニケーションと意思決定のためのルールや仕組みの性能を測るもので、具体的には組織手続きが整備され、ビジネスプロセスが確立されている組織ほどIQが高く、意思決定能力が優れています。すでにマネジメントの基本となる仕組みができているので、業務の一部をITやロボットに置き換えるだけでなく、より広範な業務やマネジメントレベルで積極的にAIを活用することもできます。

 一方、組織IQが低いまま導入を進めると情報処理のオーバーフロー状態を引き起こし、業務が混乱するおそれがあります。これでは、かえって業績を低下させかねません。AIやロボットを入れたからといって組織IQが向上するわけでもないので、そうした組織では、まず組織手続きの見直しや整備を進めることから着手すべきです。

田中 AIの導入について言えば、情報が電子データ化されていることが前提となります。たとえば金融機関のようにあらゆる情報がデータ化されていて、ビジネスプロセスが明確な組織は導入しやすいし、効果も得られやすいでしょう。大量のデータを決められたルールに則って処理し、何らかの解答を得るのは、AIが最も得意とする仕事の一つです。

 また、組織文化で言えば、サントリーの「やってみなはれ」のような風土があるところでは、面白い結果が生まれやすいようです。何が生み出されるかは見えないという点にもAIの可能性があるわけで、あまり精緻に投資対効果を見積もろうとすると導入が進みません。大規模なシステム投資と違ってパイロット的に導入していくことが可能なので、現段階ではまずは活用してみて、AIやロボットを導入すると何が起こるのかを身をもって理解することに、意味があるはずです。