テクノロジーの進化で、知的労働の多くをAIが代替するといわれるが、会計監査もけっして例外では
ない。その可能性、業務内容にどのような変化が起きているのか。AI活用の衝撃は監査のあり方、
監査人の働き方、キャリア、組織体制にまで影響を与えそうである。「次世代監査」は何を、どう変え
るのか、そのインパクトを探ってみた。

新しいテクノロジーが
既存の監査のあり方を揺るがす

編集部(以下青文字):AIなどテクノロジーの進化により、監査業界はいま、大きな分岐点に差しかかろうとしています。

監査業務のあり方と働き方を一新する「次世代監査」<br />
あずさ監査法人 専務理事/パートナー
金井沢治
TAKUJI KANAI
日米両国で公認会計士としての経験を積んだのち、アメリカのスタンフォード大学でMBA取得。日本を代表するグローバル企業のリードパートナーを歴任する。あずさ監査法人の専務理事、 KPMGのアジア地区における監査の最高責任者として、監査体制の見直し、監査人の働き方改革も担う。

金井(以下略):現在の監査業務そのものは基本的にローテクで、何十年もの間、やり方はほとんど変わっていません。しかし、今後AI技術が駆使されるようになれば、企業の経理・会計業務、内部監査は一気に自動化が進むでしょう。監査法人の業務も同様です。

 監査の仕事は、所有と経営の分離を背景として、企業経営者が株主に対する説明責任を果たすため19世紀半ばにイギリスで誕生して以来、企業社会の発展を支えてきました。ところが近年、我が国では電機、化学、精密機器メーカーなどの不正会計が発覚し、社会を揺るがしています。

 この背景の一つが、企業の事業領域の拡大です。グローバル化の進展やM&Aの増加を背景として、監査業務に必要とされる時間が一社当たり数十万時間に及ぶ大手企業もあるともいわれています。

 監査業務で中核的役割を担うのは公認会計士です。公認会計士というと、皆さん「専門家」という印象をお持ちだと思います。これは必ずしも特定分野のみに特化した「スペシャリスト」というわけではなく、多くの会計士は、実はゼネラリスト的な役割を果たしています。実際、公認会計士は監査業務の一環として被監査会社の海外進出先の税務・法律制度や合併・買収に関する知見なども求められますし、法人内外のさまざまな手続きをこなさなければなりません。たとえば、新規業務の開拓、報酬交渉、顧客との関係維持など、やることは多岐に及んでいます。近年、監査業界は、社会からの期待にいっそう応えるべく監査業務の品質強化に取り組んでいますが、これに伴う業務量増加により長時間労働を余儀なくされています。AIなどの技術革新を利用することで、長時間労働、人手不足の問題の改善を目指しています。

 業務環境、働き方の変化はあらゆる業界でも起こるといわれています。

 最近、ホワイトカラーの業務の多くがAIに代替される時代が到来するとよくいわれますが、高度なスキルを必要とする職業も例外ではありません。医師の業務は、一般に患者に聴診器を当て、血液検査をし、病歴や過去の症例をもとに診断を下して治療を開始するというフローではないかと思います。しかし、一つひとつのプロセスを見ていくと、そのほとんどは、症状(ファクト)とそれに対する専門家としての判断(ジャッジメント)によって成り立っているといえます。

 最近、白血病と診断され、治療開始から半年経っても容態の改善が見られなかった患者に対して、AIを搭載したコンピュータがわずか10分で医師とは異なった新たな診断を導き出し、これが効果的な治療につながったことが話題になりました。蓄積された膨大なデータからファクトを収集し、ここから最も精度の高い解を導き出すのは、AIが得意とするところです。

 定型的な事務処理、高度な知的処理を自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を、「デジタルレイバー」(仮想知的労働者)と呼ぶそうですね。

 いま注目されているRPAは、従来ホワイトカラーが担っていた作業の中でも特に単純作業を一連のプロセスとして整理したうえで、機械に行わせようとするものです。我々の法人でも、RPAを使って業務の効率化を進めていこうとしています。データ分析技術によるデータの読み取りとAIを用いたリスク分析の高度化を進めていくことによって、監査プロセスも今後いっそう変わっていくことが予想されます。