デジタル変革やデータ経済への対応の遅れ、ガバナンス不全を露呈する不祥事の続発、あるいは世界的に要求が高まる社会的課題解決への貢献など、日本企業は成長への試練ともいうべきさまざまな課題に直面している。そうした課題の克服に向けて、経営者はいまどう判断し、行動すべきなのか。KPMGジャパンの2人のトップがその指針を提示する。

日本は成長スピードで見劣り
取るべきリスクを管理せよ

編集部(以下青文字):2018年10月に発表されたIMFの世界経済見通しは、貿易摩擦の過熱や新興国経済の減速などを背景に、約2年ぶりに下方修正されました。世界経済の情勢や今後のリスク要因についてどのように見ていますか。

成長の試練に直面する経営者が<br />克服すべき課題
左│酒井弘行 右│森 俊哉
KPMGジャパン CEO│あずさ監査法人 理事長 
酒井 弘行
HIROYUKI SAKAI
アーサーアンダーセン、坪井公認会計事務所を経て、朝日監査法人(現あずさ監査法人)入所。中国事業本部長、IT監査本部長、専務理事、東京事務所長などを歴任後、2015年7月より現職。
KPMGジャパン チェアマン│あずさ監査法人 副理事長 森 俊哉 TOSHIYA MORI
KPMG新日本監査法人代表社員を経て、2004年KPMGあずさ監査法人設立時に代表社員。東京事務所理事、事業部長などを歴任後、2015年専務理事(現任)。2018年より現職。

酒井:2018年はトランプ大統領による「アメリカ第一主義」政策が強まった結果、「反グローバル化」「自国主権重視」という風潮が一部で広まり、世界経済の見通しはより不透明なものとなりました。

 その最たるものが、アメリカと中国の貿易摩擦です。大国同士の制裁と報復の応酬が、世界経済を停滞させることが懸念されます。

 ただ、中長期的には私はそれほど悲観していません。アメリカは政権の政策がある一方に大きく振れると、次の大統領選挙ではそれに対する揺り戻しが起こります。10年単位で見ると、選挙を通じた民主主義のバランス機能がうまく働く国です。それに、韓国などと比べると大統領の権限は大きくないですし、議会の牽制もあります。

 一方の中国は、超大国になったとはいえ、所得水準の低い層がまだまだ大勢います。平均的には日本の昭和40年代半ばから50年頃、中間層がカラーテレビ、クーラー、カー(自動車)の「3C」をこぞって買い求めていた時代に近い。その人たちが皆、豊かさを追い求めており、海外旅行をはじめとした消費意欲も旺盛です。この先、5年、10年は経済成長が止まるようなことはないでしょう。

森:実体経済については、その通りだと思います。他方、資金の流れも世界経済に大きな影響を与えます。アメリカが金融政策を緩和から引き締めに転じ金利が上昇したことで、新興国から資金を引き揚げる動きが見られます。仮に実体経済がしっかりしていたとしても、資金流出により株価や為替が急落し、実体経済の足を引っ張る可能性があります。

 日本企業を取り巻く経営環境の変化については、どうご覧になりますか。

酒井:2018年は株価が10月に一時、27年ぶりの高値を更新する場面もありましたが、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などアメリカのIT大手や、中国を代表するアリババ集団やテンセントなどの時価総額が、過去20年で数十倍に膨らんでいるのと比べると、日本企業の成長スピードは大きく見劣りします。

 日本企業は、高品質の「モノづくり」を得意としてきましたが、中国や韓国などアジア諸国がそれに追い付いた結果、日本製品のコモディティ化が進み、競争優位性が低下しています。一方で、AIのようなデジタル技術を駆使したビジネスが世界中で新たに台頭しており、その2つの流れの中で、日本企業の存在感が薄まっている感は否めません。

 こうした厳しい環境下で、未来に向けて成長を維持していくことができるのか、その成長は既存ビジネスの延長線上にあるものなのか、十分な議論と迅速な意思決定が求められています。

 新たなことに挑戦するには、必ずリスクが伴います。日本ではいまでも、リスク管理とはリスクを回避することだと考える人が多いのですが、海外の成長企業はどのリスクを取るのかを管理しています。それが、本来の意味でのリスクマネジメントであり、日本でも今後はそうした姿勢が求められます。

 リスク回避ばかりを考えてリスクを取らない企業には、リスク管理の知見が蓄積されません。リスクを取るからこそ、取ったリスクをいかに管理するかを考え、その経験を積むことでリスクマネジメントが高度化し、新たなチャレンジへと向かう余地が広がるのです。

森:日本企業が間違いなく対処しなくてはならない大きな事象が2つあります。

 一つはデータ革命です。一般的にはデジタル革命といわれることが多いですが、デジタル技術はツールであって、富を生み出すのはデータそのものです。日本企業は既存事業にデータをどう活かすかという視点に偏りがちですが、それだと生産プロセスの効率化などで止まってしまいます。

 必要なのは、過去の延長線上ではなく、どういうデータを集めて、それをどう使って新たな価値を生み出していくかということです。いまは業界の境がなくなり、データを駆使した新興企業があっという間に業界秩序を破壊してしまう時代です。ビジネスそのものにデータがどう影響するのかを深く読み解くことが、経営者に求められます。

 もう一つの大きな事象は、少子高齢化です。国内市場が縮小し、労働力の確保も厳しくなる中で、自社のビジネスをどう変革すれば生き残れるのか。昨今はM&Aを通じて海外の成長市場に進出する例が増えていますが、自社の既存事業を輸出するだけでは、海外を転々とするしかありません。成長市場を開拓するには、ビジネスモデル自体を変革する必要があると思います。